2020.02.13 (Thu)
第270回 映画『パラサイト』について

▲米アカデミー賞史上、初めて、英語以外の映画が作品賞を受賞した。
韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、米アカデミー作品賞ほかを受賞し、話題になっている。
昨年、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞していたとあって、わたしは、封切早々に観た。そして、後味の悪い、なんとも嫌な気分になり、「こういう映画がカンヌで最高賞を取る時代になったのか」と、妙な思いにとらわれた。
その後、米アカデミー賞の主要部門にノミネートされ、「脚本賞や国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)の可能性はあるかもしれないが、作品賞は無理だろう」と思っていた。ところが、それらすべてを受賞し、監督賞まで受賞した。
どうやら、わたしの見方は誤っており、作品をちゃんと評価していなかったのだと反省した。
しかし、どうも納得できなかったので、鑑賞済みの知人(韓国映画のファン)に、わたしの感想を話してみた。すると意外なことに、「実は、わたしもそう思っていた。あまりに評判がいいので、口にしにくかった」とのことだった。
そこで、嘲笑されるのを覚悟で、書きとめておく。
この映画の場合、「半地下に住む貧困家族と、豪邸に住む大富豪家族」が《題材》で、「貧困家族が、大富豪家族に寄生する」「半地下家族が本地下に翻弄させられる」あたりが《仕掛け》だろう。
映画の《主題》は「格差」である。監督は、韓国の格差社会を描きたかった。だが、普通に描いても面白くない、ここはひとつ、わかりやすい《題材》と、あっと驚く《仕掛け》でもって、格差社会をブラックに描いてやろう……。
だがわたしは、観終わって、この映画は、観客を驚かせる《仕掛け》が先に思い浮かび、それを生かすために、あとから《題材》や《主題》を当てはめたような、そんな気がしてならなかった。製作サイドは、本心から、格差問題を描きたかったのだろうか。もしかしたら、あのビックリ仰天の《仕掛け》さえ生かせれば、《主題》はなんでもよかったのではないか……。
ベートーヴェンは、交響曲第9番で、独唱や合唱などの「声」による「詩」を導入した。彼は、若い頃から、フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄す』が大好きで、いつか曲にしようと願いつづけてきた。年齢を重ねるにつれて、その思いは膨らむ一方で、もはや通常の合唱曲ではおさまらなくなった。そして9番目の交響曲で、独唱・合唱が加わる前代未聞の編成になった(ただし、交響曲に「声」が入ったのは、これが初めてではない)。
ベートーヴェンに「交響曲に独唱や合唱を入れたら、聴衆は驚いて大感動するにちがいない」との野望がなかったとはいえないが、少なくとも、そのような《仕掛け》優先では、なかったはずだ。まず、シラーへの思いが先にあり、結果としてあの編成になったはずだ。
だが、この映画は、戯画的な要素が強すぎるせいか、どこか、《仕掛け》優先で出来上がったような気がしてならない。そして、そういう映画をカンヌや米アカデミーが評価したことに驚いたのだ。
本作は、黒澤明監督の名作『天国と地獄』(1963年)を思わせる。
丘の上に建つ大企業幹部の豪邸。それを真下のオンボロ・アパートから見上げる貧困研修医。彼(山崎努)は、豪邸の息子を誘拐し、身代金を要求する(しかし、誤って運転手の息子を誘拐してしまったために、事態は複雑化する)。
ラスト、逮捕され収監された犯人は、被害者の父親(三船敏郎)に向かって、こんなセリフを吐く。
「私の住んでいたところは、冬は寒くて眠れない。夏は暑くて眠れない。そんな場所から見上げると、あなたの家は、天国みたいに見えましたよ。するとだんだんあなたが憎くなってきて、しまいには、あなたを憎むことが生きがいみたいになったんです」
このセリフには、理屈では説明できない、貧困格差社会の様相が、見事に詰まっている。
なぜ人間は、このような罪を犯すのか。その根底に「貧困」「格差」があることの哀しさや、どうしようもなさを、『天国と地獄』は見事に描いている。だから何度観ても感動するし、面白いし、考えさせられる。まさか、黒澤明は、有名な「酒匂川鉄橋の現金受け渡しシーン」などの《仕掛け》さえ描ければ、内容はなんでもいいとは、考えなかったはずだ。
もちろん、映画は娯楽だから、《主題》が先だろうと、《題材》《仕掛け》が先だろうと、面白ければ、どっちでもかまわない。わたしの見方が、ひねくれていることもわかっている。カンヌも米アカデミーも最高評価を与えたのだから、おそらく、映画史上に残る名作なのだろう。
だが、『天国と地獄』のように、半世紀以上を経ても再鑑賞に耐えうるかどうかは、少々、心もとないような気もするのだ。
<敬称略>
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