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2020.02.21 (Fri)

第271回 ザンデルリンク「しごき」二代

ザンデルリンク写真
▲下(CD)が、父クルト・ザンデルリンク。上が息子トーマス・ザンデルリンク。


 東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第147回定期演奏会が終わった(2月15日、東京芸術劇場にて)。

 今回は、名匠トーマス・ザンデルリンク(同団の特別客演指揮者)によるショスタコーヴィチ特集で、《祝典序曲》(大橋晃一編/新編曲初演)、《ジャズ組曲》第2番(ヨハン・デメイ編)、交響曲第5番(伊藤康英編)の3曲が演奏された。
 当日のプログラム解説にも書いたのだが、ザンデルリンクは、ショスタコーヴィチと直接交流をもっていたひとである。そういうひとが、当のショスタコーヴィチ作品を、日本で、「吹奏楽」で指揮するとあって、なかなか貴重な演奏会だった。特に第5番はたいへんな力の入りようで、歯ぎしりをしながら聴き入った。

 終演後、短時間ながらインタビューする機会があったのだが、TKWO以前には「吹奏楽を指揮したことはなかった」のだという。初共演は2011年2月で(東日本大震災の1か月前だ)、これが吹奏楽初体験だった。
 TKWOの定期に登壇したのは、今回で5回目である(地方の引っ越し公演も入れると6回)。
 その間、編曲ものが多かったが、それでも、アルフレッド・リードの《ロシアのクリスマス音楽》《アーデンの森のロザリンド》《ハムレットへの音楽》といったオリジナルもちゃんと手がけている。“ザンデルリンクが指揮するリード“なんて、ぜひ聴いてみたかったと思うひと、多いのではないだろうか。

 ザンデルリンクは「TKWOは、わたしのやりたいことに、すべて応えてくれる。管弦楽も吹奏楽も、区別はない。いい音楽があるかどうか、それだけだ」と語ってくれた。
 あとで聴いたのだが、この日は、本番前のリハーサルで、交響曲第5番を全曲通したそうである。原曲(管弦楽)でさえシンドイ曲を、吹奏楽(管打楽器)で、ぶっつづけで2回やったとあって、さすがに団員諸氏も疲れた様子だった。「いや~、ザンデルリンクさんにしごかれましたよ」と苦笑しているひともいた。
 
 ところで、クラシック・ファンならご存じだと思うが、このトーマス・ザンデルリンク(1942~)は、往年の巨匠指揮者クルト・ザンデルリンク(1912~2011…大正元年生まれ!)のご子息である。
 わたしがクラシックを聴き始めた中学時代、クルト・ザンデルリンクといえば、すでに東ドイツの大指揮者であった。しばしば読売日本交響楽団に招かれ、登壇していた。
 このひとは、戦前ドイツ(東プロイセン)の生まれなのだが、ユダヤ系だったため、ナチスドイツの台頭を避け、1935年にソ連に亡命した。以後、レニングラード・フィルでムラヴィンスキーにしごかれ、その縁でショスタコーヴィチと親交を結ぶ。そのころ、ソ連で生まれたのが、息子トーマスである。

 戦後の1960年、乞われて東独に帰国し、ベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)の芸術監督に招かれる。1952年に正式発足したばかりの新進オケだったが、クルトは、師匠ムラヴィン譲りのしごき練習で鍛え上げ、たちまちヨーロッパ有数のオケに育て上げた(東独政府としては、当然ながら、西独のカラヤン=ベルリン・フィルへの対抗意識があった)。その後、シュターツカペレ・ドレスデンや、フィルハーモニア管弦楽団の常任などもつとめている。
 ブラームスやベートーヴェンなどはいうまでもなく、ショスタコーヴィチやラフマニノフなどロシア系が得意だったのはもちろんだったが、珍しくシベリウスも大好きで、いくつか、名録音を残している。

 クルト・ザンデルリンクは、2002年5月、89歳のとき、ベルリン響を指揮して引退コンサートを開催した。これが最後のタクトとなった。 曲は、ブラームスの《ハイドン変奏曲》、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番(ピアノ:内田光子)、シューマンの交響曲4番であった。
 このころ、わたしは、さる音楽関係者と仕事で会う予定だったのだが、相手が突然「日程を変えてほしい」と言ってきたのを覚えている。どうしたのかと聞いたら、「クルト・ザンデルリンク引退コンサートのチケットが手に入った。ベルリンへ弾丸旅行で行ってくる」とのことだった。当時、すでにクルト・ザンデルリンクは“生ける伝説”となっていたので、彼の気持ちはよくわかった。同時に、なんともうらやましく感じたものだ。
 その模様はライヴCD化されている(上の写真、右のCD)が、全体に遅めでゆったりした、悠揚迫らざる感動的な演奏である。いま、こういう演奏をする指揮者は、少なくなった。若いひとが聴くと、古臭い演奏に聴こえるかもしれない。だが、「ベルリンの壁」があった時代の東側のひとで、そのうえレコーディングに熱心でなかったため、彼の録音は、そう多くない。それだけに、貴重な音源である(最後の日本公演、1990年2月の読響ライヴもCD化されており(上の写真、左のCD)、これまた名演にして貴重な記録。特にブラームスの1番は、たまらない)。
 亡くなったのは98歳だった。

 思えば、父クルトがベルリン響を「しごいた」のと同様、息子トーマスもTKWOを「しごいた」わけで、父子二代にわたって、“しごき指揮者”の面目躍如。TKWO団員のみなさんにはお気の毒だが、これからもドンドンしごいていただいて、父親譲りの悠揚迫らざる響きを、吹奏楽でも聴かせていただきたい。
<敬称略>


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