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2020.03.05 (Thu)

第273回 課題曲《龍潭譚》余聞

りゅうたんだん
▲泉鏡花『龍潭譚』は、『鏡花短篇集』(岩波文庫)所収。

 この1月、全日本吹奏楽連盟の事務職員2名による使い込み(10年弱の間に1億5000万円!)が発覚した。まったくひどい話で、大半が未成年相手である吹奏楽振興の一翼を、このような組織が担っていたのかと思うと、暗澹となる。その後、全日本アンサンブルコンテスト(全国大会)が新型コロナ対策で中止となった。そのほか多くのコンサートやイベントも中止になった。どこもたいへんだが、吹奏楽界も踏んだり蹴ったりである。初夏にはコンクール予選がはじまる地方があるが、果たして問題なく運ぶのか、少々心もとない。

 今年は、課題曲5曲のなかに、《龍潭譚》[りゅうたんだん](佐藤信人作曲)なる曲がある。文学ファンならおなじみ、泉鏡花の同名短編小説をもとにした曲だ。

 小説『龍潭譚』は、明治29年、鏡花23歳のときに発表された、「神隠し」にまつわる幻想小説である。後年の名作『高野聖』の原型のようなおもむきがある。
 少年が、ツツジの咲く山道で迷子になる。姉から「一人で外へ出てはいけない」と言われていたのを無視したのだ。見知らぬ子供たちがかくれんぼをしている。気がつくと神社で、まわりには誰もいない。錯乱状態になり、気を失う。目が覚めると、見知らぬ女性の家に……。
 題名に「龍」とあるが、実際には龍は出てこない。しかし、おおよそ、想像はつく。鏡花自身、幼くして母を失ったことを思えば、後半は、胸を衝かれる展開となる。
 鏡花独特の文語体で書かれているので、最初はとっつきにくいが、明治以降に書かれたものなので、それほどむずかしくはない。慣れれば読める。

 いままでに、文学作品が題材になったコンクール課題曲は、そう多くない。おそらく、下記の3曲くらいではないか。

 1988年度/三善晃《吹奏楽のための「深層の祭」》(ランボー『地獄の季節』)
 1994年度/田村文生《饗応夫人~太宰治作「饗応夫人」のための音楽》
 2011年度/山口哲人《「薔薇戦争」より~戦場にて》(ジョン・バートン/ピーター・ホール『薔薇戦争―シェイクスピア「ヘンリー六世」「リチャード三世」に拠る』)

 今回の《龍潭譚》は、4曲目の“文学系課題曲”である。泉鏡花お得意の怪奇幻想の雰囲気を上品に再現しながら展開する曲だ。

 ところで――その泉鏡花(1873~1939)は、異常なまでの潔癖症だった。生ものは絶対に口にしなかった。酒は沸騰するまでお燗させ、何か手づかみで食べた際は、手で触れた部分を残して捨てた。畳に座って挨拶するときも、手のひらではなく、拳の甲を畳につけた。外出時には、アルコールランプを持参して、なんでも焼いてから食べた。邸内の掃除には、部屋ごとの雑巾を用意させ、階段に至っては、一段ごとに雑巾をかえさせた。

 もうひとり、ほぼ同時代の森鷗外(1862~1922)もかなりの潔癖症だった。基本的に火を通したものしか食べず、「まんじゅうのお茶漬け」が好物だった。ご飯の上にまんじゅうを乗せ、熱いお茶をかけて食べるのである。甘党だったせいもあるが、まんじゅうを煮沸するつもりもあったようだ。果物すら、煮てから砂糖をかけて食べたという。
 鷗外は本業が医師(軍医)で、当時の最高位「陸軍軍医総監」にまで登り詰めた。彼はドイツで最新の細菌学を学んでいた。そのため、すべての病気は「ウイルス」が原因であると信じていた。だから、なんでも焼いたり煮沸したりしてから食べた。

 日清・日露戦争の出兵先で、陸軍兵に大量の脚気(かっけ)が発生したのは有名な話である。特に日露戦争では、戦病死者4万人のうち、3万人が、脚気が原因だった。
 だが海軍兵には、脚気はほとんど発生しなかった。当時、海軍は、白飯+麦飯だったが、陸軍は白飯のみだった。それまでほとんどの日本人は麦飯や雑穀を食べていたのに、突然、白飯のみを食べさせられた、そこに脚気の原因があるのではないかとの指摘があった。だが、陸軍は、その考えを受け入れなかった。

 いまでは、脚気はビタミン不足が原因であることは常識である。海軍は麦飯から自然とビタミンを摂取していた。これに対し、白飯のみの陸軍は急激なビタミン不足に襲われ、脚気が大量発生した。
 だが、当時、森鷗外が中心の陸軍では、脚気=ウイルス原因説が根強かった。決して鷗外ひとりの責任ではないが、最新医学に頼りすぎた結果が、惨劇を招いたのである。

 泉鏡花や森鷗外は、天上から、いまの地球を眺めて、どんな思いでいるだろう。
「アルコホヲルもマスクも効果は薄し。煮るべし、焼くべし、触れぬが肝要なり」(鏡花)
「予の〈うゐるす説〉を看過した果てがこれなり。令和に至つても日本が普請中とは、笑止もここに極まれり」(鷗外)
 課題曲《龍潭譚》を聴いていると、2人のボヤキが聞こえてくる。
〈敬称略〉

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