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2020.03.16 (Mon)

第275回 映像に頼らなかった『ナウシカ』

ナウシカ
▲昨年12月、新橋演舞場で、昼夜通しで上演された。


 新型コロナ禍で、のきなみコンサートや芝居が中止になっているが、映画館は、なんとか開館しているところが多い。そこで、METライブビューイングで、ベルクのオペラ《ヴォツェック》を観てきた。
 《ヴォツェック》といえば、1989年のウイーン国立歌劇場の来日公演が、忘れられない(クラウディオ・アバド指揮、アドルフ・ドレーゼン演出)。舞台セットもリアルで、「現代演劇」を思わせる、素晴らしい上演だった。
 今回のMET版は、“ヴィジュアル・アートの巨匠”ウィリアム・ケントリッジの演出。このひとは、METでは、ショスタコーヴィチ《鼻》、ベルク《ルル》につづく3回目の登場である。毎回、抽象的なセットを組み、不思議なドローイング・アニメを舞台全体に投影する。ああいうのを「プロジェクション・マッピング」と呼ぶのだと思う。
 しかし、わたしのような素人にはどれも同じに見え、過去2作と、大きなちがいを感じなかった。常に舞台全体になにかゴチャゴチャしたリアル映像が投影されているので、演技や歌唱にも没入できなかった(主演歌手2人は素晴らしかった)。

 最近の芝居は、舞台上にリアルな映像を投影する演出が多い。この手法を使えば、巨大なセットを組んだり、転換したりする必要がない。澤瀉屋のスーパー歌舞伎Ⅱなども、プロジェクション演出が多く、花吹雪、松明の炎、巨大な城塞、川など、多くが映像である。これなら舞台転換が一瞬でできる。そのかわり、映画のように、次々と「場」や「景」を変えることが可能なので、芝居ならではの落ち着いた雰囲気が失われることもある。

 ところが、その直後、プロジェクション演出に頼らない大型舞台を、同じ松竹の製作で観た。歌舞伎版『風の谷のナウシカ』の全編映像である。昨年12月の上演だが、瞬殺でチケットが完売したので(もちろん、わたしも買えなかった)、映像収録され、この2~3月、前後編(計7時間近く)に分けて上映されたのだ。
 なにぶん、アニメの印象が強いので、プロジェクション演出が活躍するものだと思っていた。ところが、意外や、中身は昔ながらの「歌舞伎」であった。

 たとえば、昼の部、序幕のラスト(=映画のラスト。原作漫画の第2巻半ば)で、ナウシカが王蟲(オーム)と心を通わせ、「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」の名セリフが述べられる場面。ここが舞台で再現されるなら、まちがいなくプロジェクション演出だと思っていた。だが、菊之助とG2(演出)は、そうしなかった。「金色の野」は、大勢の黒衣が操作する、昔ながらの「浪布」(ただし金色)で表現されたのだ。

 ナウシカがはるか彼方に飛んで去る様子は「遠見」が使われた(ナウシカと同じ衣裳の子役が舞台奥に登場し、遠くに小さく見えるような演出。『一谷嫩軍記』で有名。ただし今回の映像では、その子役をアップで映してしまったので、「遠見」の意味が皆無だった)。

 そのほか、時折、効果的な映像が投影されることはあるが、多くは、描き割りやセットで進行した。《娘道成寺》や《連獅子》から持ってきた演出や、宙乗り、本水での立ち回りも登場し、たしかにわたしたちは、スーパー歌舞伎ではなく、「歌舞伎」を観たのであった(七之助の演じるトルメキア皇女クシャナなどは、女形の魅力満載で、原作漫画を超越していた。あまりのカッコよさに、もっと出番を増やしてほしかった)。

 わたしが、芝居におけるプロジェクション効果に最初に驚いたのは、2012年2月、サンシャイン劇場で観たミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』であった。道路上を疾走するリアル映像が運転手の主観で投影され、どこかのアトラクションに紛れ込んだようであった。
 その後、帝国劇場での大型ミュージカルなどにも、プロジェクション演出が増えた。たとえば『ミス・サイゴン』などは、あまりの巨大セットが必要で、1992年の日本初演時、帝国劇場を大改修したことが話題となった。そのため、当初は、帝国劇場と博多座でしか上演できなかった。しかしその後、プロジェクション技術が発達し、かなりの場面を「映像」で表現できるようになった。そこで2012年から、全国ツアーが可能になった。ただし、初演時の、あの生々しいスペクタクル感は失われたように感じる(こうしてみると、2012年あたりが、「映像舞台」元年だったのだろうか。そういえば、『レ・ミゼラブル』も、2013年から映像を多用した演出に変更されている)。

 かようにいまの演劇界には、プロジェクション効果があふれている(開催されるかどうか微妙だが、今度の東京五輪の開会式など、映像だらけになるような気がしている)。
 それだけに、菊之助の『ナウシカ』は、かえって新鮮で、舞台劇本来の面白さを、あらためて気づかせてくれた。やはり舞台とは、リアルさもさることながら、作り物の面白さ、いい意味での安っぽさを、いかに本物に感じさせるかも魅力のひとつだと思う。
 大詰めにおけるセリフの応酬も、原作漫画では、一種の環境哲学論のように展開するのだが、たいへんうまく、芝居ならではのセリフに書き換えられていた。これも、同じ考え方だろう。

 時代小説作家で、歌舞伎の見巧者としても知られる竹田真砂子さんは、先日、ある会で、こんな主旨のことを述べておられた。

「今回の『ナウシカ』は、戦後の歌舞伎の歴史における2度目の革命です。1度目は、昭和26年の『源氏物語』でした(舟橋聖一台本、九世市川海老蔵=のちの十一世市川團十郎主演)。新築開場3か月目の歌舞伎座での上演でした。このときはじめて、平安時代が歌舞伎で描かれました。しかし歌舞伎は、基本的に江戸時代のお芝居で、セリフも江戸ことばです。さすがに光源氏が七五調で話すのは、おかしい。そこで、現代語で上演されました。これは明らかに革命でした。今回の『ナウシカ』は、異世界を描く漫画を題材にしながら、ちゃんと歌舞伎になっている。これもすごいことで、革命だと思いました」
 
 竹田さんほど長く歌舞伎を観ている方が、そういうのだから、やはり『ナウシカ』は革命的舞台だったのだ。もし再演された場合、くれぐれもプロジェクションを多用した“映像版”にならないことを、切に願う。
<一部敬称略>

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