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2020.03.23 (Mon)

第277回 第1回大島渚賞

大島渚賞
▲(左から)審査員の荒木啓子、坂本龍一、受賞者の小田香、審査員の黒沢清


 わたしが初めて観た大島渚の映画は『ユンボギの日記』(1965)だった。1970年、小学校6年生のときだった。中野公会堂で、山本薩夫監督の記録映画『ベトナム』(1969)と2本立てだった。反戦団体による自主上映会だったと思う。原作本が、学校の図書室にあったので、題名だけは、前から知っていた。親友のオカモトくんと2人で行った。もちろん、自主的に行ったのではなく、担任の先生に薦められたのだ(当時の中野区は革新区政で、日教組全盛時代だった)。先生から無料入場券のようなものをもらったような気がする。

 これは、朝鮮戦争後の韓国における、貧困少年の日常を描く、フォト・ドキュメントである。小松方正のナレーションが強烈で、何度となく「イ・ユンボギ、君は10歳、韓国の少年」と執拗に述べられる。それが脳内にこびりついてしまい、「オカモトヒロト、君は12歳、中野の少年」などとからかいながら帰ったものだ。
 しかし、なにぶん全編がモノクロ写真静止画なので、小学生にはつらく、観ていて「なんだ、動かない映画なのか」と、がっかりした記憶がある

 ところが、大人になって、関連資料を読んで驚いた。あの写真は、イ・ユンボギとは何の関係もない、たまたま大島が訪韓した際に撮影した大量の写真の中から、児童文学『ユンボギの日記』の雰囲気に近いものを抜き出してコラージュした、いまでいう“イメージ映像”だったのである。ドキュメンタリとは何なのかを考えさせられる。大島渚は、こんな実験映画を、1960年代から手がけていたのである(この“静止画映像”手法は、のちに1967年の『忍者武芸帳』で、さらに開花する)。

 以後、わたしは、大島渚のファンになり、全27監督作品中、26本を観た(ほとんどの作品を複数回観ている)。1本だけ観ていないのは、日本生命のPR映画『小さな冒険旅行』(1963)だが、いすず自動車のPR映画『私のベレット』(1964)は観た(脚本監修=小津安二郎!)。また、厳密な意味での監督・脚本デビュー作、松竹の新人紹介フィルム『明日の太陽』(1959)も観ている(先日の大島渚賞パンフには、これが載っていないので、全26監督作品となっている)。
 もちろん、警察本部長役(!)で出演した東映映画『やくざの墓場 くちなしの花』(深作欣二監督、1976)も観た。大島本人が登場して演説しまくる『絞死刑』(1968)予告編などは、映画予告編史上の、最高傑作だと思う(そんな「史」があるかどうか、知らないが)。
 それほど、大島渚は、わたしにとっては、好きというより、「何をやりだすかわからないので、常にウォッチングしておくべき」文化人だった。しかし、生涯をかけて「権力や歴史、国境に翻弄された人間を描いた」点で、これほどぶれない映画作家は、いないと思う。

 そんな「大島渚」の名前を冠した映画賞、「第1回大島渚賞」が開催され、記念上映会があったので、行ってみた(3月20日、丸ビルホールにて)。
 主催は、「ぴあフィルムフェスティバル」(PFF)。PFFは、「映画館情報誌」だった「ぴあ」が1977年から主催している、新人映画祭だ。創設初期から、いきなり、森田芳光、長崎俊一、石井聰亙、犬童一心、手塚眞といった才能を次々と発掘した。
 この映画祭には、「PFFアワード」「PFFスカラシップ」などの部門があるが、それらとは別に、今回、「劇場公開作品を持つ監督」を対象に新設されたのが、「大島渚賞」である。
 実は、PFF初期、新人選考の中心にいたひとりが、大島渚だった。大島は、新人発掘や育成にたいへん熱心だった。ゆえに、PFFのなかに、このような賞が設定されるのは、遅すぎたくらいなのだ。

 審査員は、坂本龍一(音楽家)、黒沢清(映画監督)、荒木啓子(PFFディレクター)の3人。今回発表された第1回の受賞者は、小田香(1987~)。ハンガリーのタル・ベーラ(1955~)が主宰する映像作家育成プログラムの第1期生だそうで、主にドキュメンタリを中心に活躍、近年ではボスニアの炭鉱をとらえた『鉱ARAGANE』(2015)が話題になった。

 当日は、主な受賞理由となった作品『セノーテ』(2019)が上映された。
 メキシコのさる洞窟内の泉「セノーテ」は、マヤ文明時代から、現世と黄泉の国をつなぐと信じられており、かつては雨乞い儀式のために、生贄が捧げられたこともあった。そんな泉に、監督自身がカメラを持って水中撮影で挑んだ映像だ。
 ただし、これは「ドキュメンタリ」というより、「アート・フィルム」であり、小田監督の心象風景を、撮影した素材をもとに再現するような、 ウルトラ級の独特な作品である。
 果たして、この作品が「大島渚」の名にふさわしいのかどうか、わたしごときには、なんとも言えない。しかし少なくとも、「ほかのひととはちがう、自分にしかできないものを生み出そう」とする姿勢は、明らかに大島渚そのものだと思った。

 また、3人の審査員が、どのような過程を経てこの作家・作品を選んだのか、ほかにどんな作品が候補となったのか、気にならないでもない。しかし、毎年、任期1年の1人の選考委員が、1作を選ぶBunkamuraドゥマゴ文学賞などもあるのだから、徹底して、この3人の好みで、好き勝手な作家・作品を選ぶほうが、いかにも大島渚らしくて、いいと思った。

 上映会では、『セノーテ』上映のほか、受賞者と3人の審査員によるトーク(たいへん面白かった)、さらに大島の初期傑作『青春残酷物語』(1960)が上映された。
 できれば、前日におこなわれたという授賞式も一緒にやってほしかったが、受賞作上映+トーク+大島作品上映だけで、13:30~18:00近くを要しており、時間的に、難しかったようだ。

 当日は、新型コロナ禍の真っ最中であった。それだけに、てっきり中止されると思っていたが、なんとか開催された。ただし、前売券はある時点で販売停止、当日券も販売せずに、入場者数を絞った。入口で検温、手を消毒。着席は1つ空けを推奨、休憩時の徹底換気。さすがは数々のイベントをこなしている「ぴあ」の運営だと、感心した(できれば、あのような講演会向けホールではなく、「映画館」でやってほしかったが)。
 配布されたパンフはA4判8面折りのシンプルなものだが、佐藤忠男、秦早穂子、高崎俊夫の3人による、驚くほど長い、濃密な文章が収録されており、薄手の新書を1冊読んだような気分にさせられた。

 終了後、日比谷へ速足で移動し、この日封切のドキュメント映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観た。仕事先の先輩たちが出演しているので、早く観たかったのだ。開映前にプログラムを買って、豊島圭介監督の経歴を見たら、こう書かれていた。
「1971年静岡県浜松市生まれ。東京大学在学中のぴあフィルムフェスティバル94入選を機に映画監督を志す」
 PFFと大島渚のまいた種は、まだこれからも咲きつづけるのだと思った。
<敬称略>

*『セノーテ』は、6月に新宿K’s cinemaで一般公開されます。

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