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2020.04.10 (Fri)

第279回 続・余分なきマスクの余聞

能面
▲小山清茂作曲、交響組曲《能面》
 (小田野宏之指揮、東京佼成ウインドオーケストラ)



 前回、海外で「マスク」(Mask/Masque)といえば、「仮面」「仮面劇」の意味合いが強かったと書いた。
 吹奏楽の世界でも「マスク」を題材とした曲は多い。

 いちばん知られているのは、おそらく、ウィリアム・フランシス・マクベス(1933~2012)作曲の《マスク》だろう。原題は《Masque》なので、正確に訳せば《仮面劇》となる。
 1967年に、アーカンソー州立大学にアート・センターが落成したのを記念して委嘱・作曲された。ここのシアターで仮面劇が上演されるとの“幻想”を音楽にしたものだ。
 いったい、この曲のどこが「仮面劇」なのか、よくわからないのだが、とにかくカッコいい曲で、1970~80年代にかけて、コンクールで大人気だった。特に、1972年に全国大会初演で金賞を受賞した福岡県立嘉穂高校の名演は、いまでも語り草である。

 マクベスといえば、古参の吹奏楽人間にとっては、なんといっても“マクベスのピラミッド”理論である。彼は、吹奏楽における音量や響きのバランスを正三角形のピラミッドにたとえ、下三分の一が「低音域」、真ん中の三分の一が「中音域」、最上部が「高音域」のイメージが理想的だ、と提唱したのであった。

 1978年は、全日本吹奏楽連盟の創立40周年だった。それを記念して、この年の全日本吹奏楽コンクール課題曲4曲中、2曲が、アメリカの人気作曲家に委嘱された。1人はロバート・ジェイガーで、曲は《ジュビラーテ》。そしてもう1人がマクベスで、曲は《カント》(「歌唱」の意味)だった。《さくらさくら》をモチーフに、手拍子なども登場する、たいへんユニークな楽曲だった。
 ところが、晴れの普門館における全国大会で、この《カント》を演奏する団体が「ゼロ」という椿事が発生した。これは《カント》が不人気だったというよりは、《カント》を演奏して全国大会まで登り詰めた団体がゼロだったというべきなのだが、とにかくマクベス先生には、お気の毒な事態であった(たしか、会場に招待されていたのでは?)。

 近年、このマクベスの《マスク》を聴く機会はめったにないが、イギリスの作曲家、ケネス・ヘスケス(1968~)作曲の《マスク》(Masque)は、さかんに演奏されているようだ。原曲はオーケストラ曲で、当初の曲名は《管弦楽のためのスケルツォ》だった。それを、近年になって、《Masque》と改題して、ブラスバンドや吹奏楽に改訂編曲したところ、人気となった。つまり、この曲は、本来「仮面」とも「仮面劇」とも関係なかったわけで、上述マクベス曲と同様、やはり、聴いていて、どこが「仮面劇」なのか、よくわからない。しかし、これまた実にカッコいい、演奏効果抜群の曲なのだ。

 どうも欧米人にとって「仮面」「仮面劇」とは、自分たちの精神史の根本を刺激されるような何かがあるのではないか。
 これに対し、日本における「マスク」「仮面劇」といえば、「能面」である。
 ドナルド・キーンさんは、名著『能・文楽・歌舞伎』の「能面」の章で、「審美的理想は女性の能面の額をも極端に盛り上げたようである」と綴り、そのあとで「室町時代の流行である突き出た額と剃った眉は、偶然ではあるが、当時のヨーロッパのファッションと似通っており、それはまん中から分けた髪型と共に能面の上に永遠の形をとどめることになったのである」と指摘している(新潮社版『ドナルド・キーン著作集』第六巻/講談社学術文庫=入手困難)
 
 そのことを彷彿とさせる曲が、小山清茂(1914~2009)作曲の交響組曲《能面》である。文化放送の委嘱で作曲され、1959年に渡辺暁雄指揮、日本フィルハーモニー交響楽団によりラジオ放送で初演された(楽譜発売元のサイトでは「日フィル・シリーズの一つ」と紹介されているが、そうではない)。
 〈頼政〉(よりまさ)、〈増女〉(ぞうおんな)、〈大癋見〉(おおべしみ)の3楽章構成で、能面から得られる印象が見事に音楽化されている。邦楽舞台を西洋音楽の道具立てで表現したわけで、キーンさんの「当時のヨーロッパのファッションと似通って」いるとの指摘に、通じているような気がする。
 交響組曲《能面》は、その後、1978年度の全日本吹奏楽コンクールで、群馬県立前橋商業高校が、大木隆明先生の編曲・指揮で演奏して金賞を獲得し、一挙に吹奏楽界の注目を浴びた。さらに佼成出版社の委嘱による、作曲者本人が編曲した吹奏楽版も発表されている。

 そして、日本の吹奏楽における「仮面」といえば、やはり、大栗裕(1918~1982)の《仮面幻想》だろう。大栗の遺作となった名曲で、これは、舞楽における仮面「新鳥蘇」(しんとりそ)からイマジネーションを得て作曲されたのだという。誕生の経緯に関しては、音楽プロデューサー、樋口幸弘さんによる名解説(仮面の写真もあり)があるので、そちらをお読みいただきたい。

 いま、わたしがいる東京は、緊急事態宣言下にあり、尋常な生活はおくれない。60数年を生きてきて、まさか、こんな目にあうとは、夢にも思わなかった。
 3月に入って、次々と舞台公演や演奏会が中止となるなか、東京交響楽団だけが演奏会を決行した(3月21日、東京オペラシティ)。わたしも応援のつもりで当日券を買って駆けつけた。終演後、拍手が鳴りやまず、帰ろうとしない聴衆に、指揮者の飯森範親さんが、舞台上からお礼の挨拶をした。
 あのときは、まだ、細心の注意をはらえば(消毒、チケットもぎりは自分で、プログラムも自分で取る、売店中止、ホワイエのテーブル使用不可など)、演奏会もできなくはないのだ、と思っていた。だが、その1週間後、志村けん急死の報が伝わり、それどころではなくなった。
 一刻も早く「マスク」といえば、コロナ対策具ではなく、「仮面」「仮面劇」のことだと、音楽ファンが自然と思える日が来ることを、願ってやまない。
<一部敬称略>

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