FC2ブログ
2020年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2020.04.17 (Fri)

第281回 小説の中の「無観客」歌舞伎

團十郎切腹事件
▲創元推理文庫版、戸板康二「中村雅楽探偵全集」第1巻


 前回、国立劇場における歌舞伎公演の、無観客映像について述べた。
 実は「無観客の歌舞伎」を題材にしたユニークな短編ミステリ小説があるので、ご紹介しよう。
 戸板康二による、『尊像紛失事件』である。

 戸板康二(1915~93)は、歌舞伎評論家にして随筆家。「ちょっといい話」シリーズなどは、かつてエッセイのお手本のように読まれたものである。
 その戸板が、江戸川乱歩の薦めで書き出し、本業顔負けのワザを見せたのが、老優探偵・中村雅楽シリーズである。1970~80年代にかけて、十七世中村勘三郎主演でTVドラマ化されたので、それでご記憶のご年輩の方も多いだろう(江川刑事=山城新伍、竹野記者=近藤正臣)。

 高松屋こと中村雅楽は77歳の大ベテラン歌舞伎俳優。リュウマチで身体が少々不自由なので、いまでは時折、老け脇役で出る程度だが、むかしの芝居の型をよく知っているため、若手役者たちからも慕われ、大切にされている。
 だが、この雅楽には、もっとすごい才能があった。プロ探偵をも上回る推理力である。なぜかこのシリーズ世界では、劇場内や歌舞伎界で、奇々怪々な事件が毎日のように発生しており、それらを雅楽が、過去の経験と見事な推理で、バシバシ解決していくのである。
 それを書きとめるのが大手新聞社の演劇記者「わたし」こと竹野で、要するに、この2人は、シャーロック・ホームズとワトソンなのである。
 第1作『車引殺人事件』(「宝石」1958年7月号)以来、1991年までの間に、全部で87本の短編が書かれた。第7作『團十郎切腹事件』(1959年)などは、なんと直木賞を受賞している。

 さて、本題の『尊像紛失事件』である。
 これはシリーズ第2作で、第1作からわずか4か月後、「宝石」1958年11月号に掲載された。よほど、第1作の評判がよかったのだろう。

 某劇場に座頭で出演している芳沢小半次が今回の主役である(役者と劇場はすべて架空)。
 ある月、新作芝居『小松殿』に平重盛で出演していた。このなかの居室の場に、身の丈三寸の阿弥陀如来像を小道具として出すのだが、なにしろ彼は病的な骨董マニアで、作り物では満足できない。そこで、元大名華族のパトロンが、国宝指定の阿弥陀如来像を持っているというので、よせばいいのに、頼み込んで借り出し、毎日、舞台に出していたのである。
 もちろん小道具係まかせにはせず、はねた後は、自分で丁重にあつかい、楽屋内でキチンと保管していた。
 その尊像が、盗まれた。

 知らせを聞いた「わたし」と、仲のいい江川刑事は、さっそく劇場に駆けつけて調査を開始する。すると、盗難時刻からいままで、劇場から外へ出たものはいないことがはっきりした。つまり、尊像も犯人も、この劇場のなかに、いるのである。
 これ以上は省略するが、尊像は、あっけなく、劇場内の別の楽屋内で発見される。だが、誰が盗み出して、そんな場所に置いたのか、動機は何だったのか、これがどうしてもわからない。
 よって、この小説は、中間から、尊像探しではなく、「どうやって犯人をあぶり出すか」にポイントが移るのだ。
 そこで、老優探偵・中村雅楽の登場である。

 すぐに芸術祭の季節となり、「わたし」の新聞社で、歌舞伎公演を映画フィルムで記録することになった。ついては、観客のいる本興行では、カメラや照明が場所を取って見物の迷惑になるから、千秋楽の終演後に、無観客で収録することになった。
 演目をどうするか。座頭の藤川与七は『熊谷陣屋』か『寺子屋』を提案する。ところが、なぜか雅楽が『盛綱陣屋』にしたい、しかも自分が、芝居道三婆に含まれる大役・微妙を付き合うから、と言い出した。雅楽の微妙が観られるなら、誰も文句は言えない。演目は『盛綱陣屋』に決まった。
 ところが、雅楽は、さらに、奇妙な提案をする。無観客でも構わないのだが、花道の周辺にだけは、見物を置きたい、よって、劇場内のスタッフやその家族、出番のない役者などを集め、花道の外と桟敷だけにエキストラとして座らせるのだ。しかも、かなり具体的に、座席表までつくって、誰がどこに座れと指定するのである。

 なぜ演目は『盛綱陣屋』になったのか?
 なぜ無観客収録なのに、花道の周囲だけに劇場関係者を座らせたのか?
 ここから先はネタバレになるので書けないが、結果、雅楽の策によって、見事に犯人が判明するのである。よほど芝居に詳しい方でも、まさかこんな方法で犯人を見つけ出すとは、想像もできないであろう(少々劇画的ではあるが)。歌舞伎を隅から隅まで知り尽くした戸板康二ならではの、見事な展開である。
 この短編は、尊像探し→犯人捜しと、2段階で楽しませてくれるが、さらに幕切れに、名ラストが待っている。歌舞伎を映像収録すると、こういう面白い事態もあるのかと、唸ってしまうだろう。

 創元推理文庫版「中村雅楽探偵全集」全5巻は、現在、巻によっては新刊入手は困難だが、『尊像紛失事件』収録の第1巻は版元在庫があるようだ。古書店や、アマゾン・マーケットプレイスでも、比較的、入手しやすいと思う。
 緊急事態宣言下、芝居はしばらく観られないが、これがあれば、歌舞伎ファンは十分楽しめるはずだ。
<敬称略>

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。 
 最近、書評サイト「HONZ」でもデビューしています。
スポンサーサイト



15:05  |  演劇  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

■名探偵雅楽

富樫鉄火様
尊像事件を読んだあと、たいへん面白いと思い「盛綱陣屋」を注視しましたが、役者が観客と眼を合わせないと、効果がないだろうと、感じた次第です。
テレビドラマとして、指導役を吉右衛門丈や仁左衛門丈に仰ぎ、あのシチュエーソンに合うように目の位置を調整させ、又五郎さんや愛之助さんにやって貰ったら、面白いなと感じます。
現実の舞台では、無理があるのではないかなあと、思いました。
骨董ではありませんが、能役者の楽屋で、国宝級の鉢巻(「船弁慶」の前シテの静などがしめるもの)が盗まれた話を聞きました。
骨董好きは、武智鉄二と親しかった或る俳優ではなかったでしょうか?夜叉王をやった時、金剛の家元から「中将」の面を借りたり、師直をやる時に、高師直の書を楽屋に掛けた話を、本人が筋書きなどで語っておられます。
無論、戸板先生もご存じだったでしょう。慎み深い都会人の戸板先生が、こういうペダンチックな趣味を他人に知らせることをどう感じられたか、興味があります。ひょっとすると、この芳沢小半次を造形する上での、いいヒントになったのではないか?と、存じます。
ちなみにビートたけしが、この俳優について、幾ら「このしびれるところが乙なんだ」言って、年寄りが四人分の「キモ」を一人で食べりゃ、毒にあたるよ。そのために廃業に追い込まれた店が気の毒だね、と言ってました。
岡野竹時 |  2020.04.30(木) 11:06 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |