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2020.05.18 (Mon)

第285回 無料配信でいいのか。

なんでも無料
▲いまや、なんでもかんでも「無料」です。

 今年度は中止になったが、毎年、春が過ぎ、吹奏楽コンクールの季節が迫ってくると、SNS上に、中高生たちの似たような投稿が増える。
「うちの学校は、今年のコンクール自由曲が〇〇〇〇という曲に決まったのですが、どこで聴けますか」
 これはYOUTUBEなどのネット上で、「無料」で聴ける音源がどこにあるか、教えてくれと言っているのである。「収録されたCDがあるか」「どこから発売されているのか」といった問いは、まずない。

 いまや、音楽も映像もニュースも会話も、すべてはデジタルで済むようになり、しかも、かなりのものが(違法も含めて)無料でネット上にあふれかえっている。よって人々は(特に若い子たちが)「著作物」に対価を支払う感覚を失いつつある。本も、たとえ半年待ちでもいいから、絶対に書店では購入せず、図書館で借りようとするひとがいる。
 その傾向は、昨今のコロナによる自粛在宅で、一挙に強まったような気がする。

 いま(特にGW期間中は)、ネット上は無料配信の天国である。検索で「無料配信」と入力すると、いかに多いか、わかると思う。映画、ドラマ、アニメ、スポーツ、舞台、能、落語、クラシック音楽、ポップス、オペラ、バレエ、美術展、小説、漫画……およそ、わたしたちの周囲にあるエンタテインメントの大半に、いま、「無料」で接することができる。
 これが、自粛で在宅している人々へのサービスであり、かつ、在宅解除後もファンになってもらうための下地づくりだったことはわかる。しかし、わたしは、やりすぎだと思う。

 特に多いのは、楽団やアンサンブル、劇団が、本来ならステージ上に集まってやるような公演を、個々人の自宅からの中継を合体させる“テレワーク公演”だ。
 たまたま、自粛初期のころ、わたしは、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団のテレワーク合奏(UNICEF基金の募集)を観た。曲はチャップリンの《スマイル》(映画『モダンタイムス』より)だったが、これはほんとうに素晴らしい映像で、編曲、演奏、パフォーマンス、画面編集などすべてに、考え抜かれた演出とユーモアが施されていた(かなりの手間と時間をかけてつくられたように思う)。後半、わたしは、半ば泣きながら観た。

 このレベルのテレワーク映像なら何度鑑賞しても感動するが、なかなかこれほどのものにはお目にかかれていない(たまたま、わたしが知らないだけだとは思うが)。
 特に日本のものもいくつか観たが、「仏の顔も三度まで」で、最初は興味を引くが、できることに限界があるので、どれも大差なく、次第に「またか」と感じるようになる。これが、自粛解除後に定期会員の増加につながるとは、とても思えない。意義はわかるのだが、やはり“思い”だけで何かを伝え、貫くことは難しいのだと思う。

 これが演劇となると、さらにしんどかった。画面上が8つほど、出演者の数に分割され、ただこちらに向かってセリフを話すだけで、それ以上の動きはない。役者が、自宅の室内で、1人で、固定されたWebカメラに向かって話すだけだ。つまり、ほとんどは“朗読”なのだが、音質に限界があるので、耳に心地よくない。役者たちは、相手の息吹や気配を感じることができないまま演じるので、微妙にテンポがずれて、ナマ舞台特有の“流れ”が、なかなか生まれない。
 さる人気劇作家の有名作品がテレワークで上演、無料配信され、たいへんなアクセス数を獲得しているという。さっそく観たのだが、あまり面白くなく、途中でやめてしまった。
 もしかしたら、台本をキチンと読む芝居より、アドリブが多いほうが、面白いかもしれないと思い、別の若手劇団のテレワーク公演も観てみた。ところが、これはさらにひどくて、カメラに向かって怒鳴ったり珍妙な表情を見せつけるばかりで、TVの“ひな壇ヴァラエティ”と大差なかった。やってる本人たちはユニークな体験で楽しそうだったが、観ているほうは、少々つらかった。
 こういう時こそ、プロ役者は、ほんものを見せるチャンスだと思う。ぜひ、“仕掛け”ではなく、セリフのみで勝負できるシェイクスピアやチェーホフの“Webリーディング”を見せてほしかった(これも、すでにどこかがやったかもしれないが)。

 落語もいくつか観たが、『圓生百席』じゃあるまいし、無観客の落語は無理があるように感じた。
 松竹や国立劇場が、歌舞伎の“無観客”公演映像を無料公開したが、これは、「記録」であると同時に、(払い戻しがあったとはいえ)高額な切符を購入した見物への“お詫び”の意味もあったと思う。
 しかし、これ以上の「無料配信」は、冒頭で紹介したような、「コンテンツにお金を払いたくない」傾向に、ますます拍車をかけるような気がしてならない。
 いま、ネット上の「支払い」は、驚くほど簡単になっている。「投げ銭アプリ」もあるし、複雑な手続きなしでネット・ショップを開業し、そこでデジタル・コンテンツを売るシステムもある。安くてもいいから(この状況下では、安くせざるをえないだろう)、ネット上のコンテンツに「対価」を支払う習慣を、この機会に育ててほしかった。
 でないと、そのうち「無料(タダ)ならいいけど、カネ払うんじゃ、ちょっとなあ……」が、さらに定着してしまう。そして、やるほうも「どうせタダなんだから、このレベルで勘弁してよ」となり、エンタテインメント界は、先細りするだろう。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

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