2020.05.26 (Tue)
第287回 書評『まんが訳 酒呑童子絵巻』

前回の能・狂言の解説書のなかで、《道成寺》が紹介されていた。その「道成寺」伝説を驚くべきスタイルで取り上げる新書が出た。『まんが訳 酒呑童子絵巻』大塚英志監修/山本忠宏編(ちくま新書)である。
詳しい方なら、書名や著者名から想像がつくだろう。これは、日文研(国際日本文化研究センター)が所蔵する「絵巻」を、場面ごとに拡大抜粋してコマ割りし、吹き出しを付け、「まんが」風に再構成したものである。素材は、書名でもある「酒呑童子絵巻」のほか、「道成寺縁起」、「土蜘蛛草子」の3本。
これらのオリジナル絵巻は、日文研のサイトで無料公開されており、自由に閲覧できる。しかも、素晴らしい使い勝手の良さと精度である。だから、いまさら、鮮明度ではるかに落ちる、小さな新書判に印刷された「紙」で観る必要など、ないはずである。
監修者・大塚英志は、巻末解説で、こう述べる。
<美術館や博物館で絵巻の展示を見ても専門家でない限り簡単に「読む」ことはできない>
大塚は、従来からある「まんが・アニメの起源=絵巻」説に異議を唱えている(たいへん説得力ある論説だが、あまりに微に入り細に入るので、省略)。だが、現在のまんがは「映画的」手法が使用されており、この手法で絵巻を再現して、現代人に絵巻が「読める」ようにすることには意義がある。つまり、
<このような形式に置き換えると絵巻の、特に「絵」の情報として組み込まれた物語の機微を読み取ることができるはずだ>
だから、書名には「まんが訳」とあるが、精神は「映画化」なのである。特に、「道成寺縁起」における清姫の微妙な指先、「土蜘蛛草子」での空を飛ぶドクロや、土蜘蛛の体内から出てくる1,990個の死人の首など、たしかに「映画」的にクローズアップされたことで、はっきり伝わってくるものがある(シャレコウベが可愛らしく描かれていて意外だった。むかしの日本人が、死者に対してどのような意識で接していたかがうかがえる)。
さらに、このように再構成されたことで、絵=物語に、勢いが生まれているような気がした。
わたしは、若いころ、劇画家のさいとう・たかを氏に、こんな話をうかがって、目からウロコが落ちた経験がある。
「コミックは、見開き2頁が、いっぺんに視野に入ってきます。だから、見開き2頁を基本にしてコマ割り構成をします。特に重要なのは、左頁下の最後のコマ。ここをどういう絵にするかで、頁をめくってもらえるかどうかが決まる」
「さらに、見開き2頁全体が、ノドから小口へ、つまり、真ん中から両外側へ広がるような絵柄、擬音配置を中心にします」
ノドとは、見開き2頁の真ん中の部分。小口とは、頁の外側方向のことである。
たしかに、『ゴルゴ13』の任意の箇所を見開き2頁で開くと、ゴルゴの銃口は、ほとんどが、小口に向かっている。右頁だったら右外側に向かって、左頁だったら左外側に向かっており、「ドキューーーーーーン」や「シュッ」などの擬音も、多くはノド(真ん中)から小口(外側)へ向かって描かれているのだ。車や飛行機も、ノドから小口の方向へ走ったり飛んだりしている絵柄が多い。
「これによって、コミックは、小さなコマの連続にもかかわらず、常に、外へ外へと大きく広がるような感覚を生むことができるんです。もちろん、こういうことを最初に考え出したのは、手塚治虫先生ですがね」
わたしは、後年、アメコミの日本語版を編集したことがあるが、アメリカのコミックには、このような感覚は皆無だった。それどころか、リーフ(連載)では見開き2頁で1枚絵だった大柄の構図を、コミックス(単行本)化の際に、頁調整なのか、平気で真ん中で切って、P.3(左開きなので右頁になる)と、P.4(P.3をめくった左頁)に分割して掲載する、恐るべき編集を見たことがあり、さすがに呆然となった。
実は、今回の「まんが訳」のコマ割り構成も、上述の”さいとう解説”に、かなり即している。ただし、絵巻は、すべて、右→左の一方通行である。物語は、常に右から左へ動いて行く。だから人物も、顔の多くは左向きに描かれ、安珍を追う清姫も右→左へ走るのである。日本の本は(活字でもまんがでも)縦組みならば、必ず右開きだ。右開きの本では、文章もまんがのコマも右→左へ流れる。だから、絵巻をコマ割りで再構成すると、自然と、コマ内の絵柄も、右→左の流れとなり、絵巻よりも、さらに方向が強調され、勢いのようなものが感じられるのである。
試しに、上述、清姫の追跡シーンを、日文研サイトのオリジナル絵巻と、「まんが訳」再構成で見比べてほしい。クローズアップが多用されているせいもあるが、明らかに、後者に、現代的な勢いがあることがわかるはずだ。
往時の絵巻作者は、もしかしたら、まだ当時はなかった「まんが」「映画」的なコマ割り手法の前兆を、自分でも気づかないうちに感じていたのではないか。そんな気にもなる、たいへん楽しい、知的な一冊だった。
<一部敬称略>
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