2020.06.18 (Thu)
第288回 書評『ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命』

▲かげはら史帆『ベートーヴェンの愛弟子
フェルディナント・リースの数奇なる運命』(春秋社)
今年はベートーヴェンの生誕250年のアニバーサリーである。だが、残念ながら、新型コロナ禍のせいで、コンサートやイベントは、ほとんど中止になってしまった。こんなわたしでさえ、関係する仕事が2~3あったのだが、すべてキャンセルとなった。
それでも、沈静化したために、かえって渋く脚光を浴びたコンテンツもある。ノンフィクション『ベートーヴェンの愛弟子 フェルディナント・リースの数奇なる運命』(かげはら史帆、春秋社)も、そのひとつだろう。
著者は、2018年10月に刊行された『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』(柏書房)で音楽ファンをアッといわせたライターである。難聴だったベートーヴェンの会話帳に、秘書のシンドラーが、後年、あることないことを書き加え、“伝説”をでっち上げていく様子を、見事に描いていた。
もっとも、会話帳捏造の事実は、すでに国際学会などで発表されており、これ自体は著者のスクープではない。だがこの書き手のすごいところは、学会報告に頼ることなく、会話帳現物に触れ、現地へも行き、捏造の過程をあらためて再現した点にあった。しかも、つい研究論文的になりがちな話を、適度にドラマチックな筆致を織り交ぜ、本来は相反する「エンタメ」と「研究」を、バランスよくひとつにまとめていた。こういうことのできる書き手は、なかなかいない。
そんな著者が、第2弾に選んだ題材は、「ベートーヴェンの弟子」、フェルディナント・リース(1784~1838)であった。
おそらく、よほどのマニアか、あるいはリースのCDを続々リリースし、4コマ漫画までWeb連載していたNaxosのファンでないと、知らない名前だろう。そして、前著の主人公が強烈な個性だったので、今回のリースも、よほど変わった人物なのだろうと思うかもしれない。だがその期待は、いい意味で裏切られる。彼の個性は、オビのコピーでうまく述べられている――〈歴史に埋もれた「楽聖の弟子」は、優しく気丈で冒険心にあふれた音楽家だった〉。いわゆる“とてもいいやつ”なのである。ただし、彼の生きた時代は、古典派からロマン派に至る“変革期”であり、しかもフランス革命と重なっていたため、必然的に荒波を泳ぎ切るような人生となった。
リースは、宮廷音楽家の息子としてボンに生まれ、ウィーンに出てベートーヴェンの弟子となった。楽聖は、難聴に悩み始めてから、2人だけ、内弟子を取った。ひとりがピアノ教則本でおなじみ、カール・チェルニーで、もうひとりが、本書の主人公、フェルディナント・リースだった。
ベートーヴェンのもとでは、ピアノのレッスンを受けるほか、マネージャー的な仕事もこなした。その後はピアニストとしてヨーロッパ各地をまわる。その日々は、ちょっとした冒険小説のようでもあり、また、トルストイ『戦争と平和』外伝のようでもある。
ロンドン時代のリースについては、特に念入りに描かれる。当時、ロンドンでは、ヨハン・ペーター・ザロモンが活躍していた。ハイドンのプロデュースや、モーツァルトの交響曲第41番《ジュピター》の命名者としても知られる興行師である。ロンドン時代のリースは、彼を後ろ盾として、師ベートーヴェンの作品を広めることに奔走していた。ところが、1815年にザロモンが亡くなると、リースは彼の後継者的な立場を自認し、大陸から音楽家を招聘するのである。
そのひとりが、ドイツのヴァイオリニストで指揮者、ルイ・シュポア(1784~1859)だった。リースの熱心な呼びかけに応じて、1820年2月、シュポアはロンドンへやってくる。本書中では<トルコ風の真っ赤なチョッキを着て颯爽と街に現れ、道ゆく人びとをざわつかせた>とある。ここを読んで、わたしはうれしくなってしまった。
当時のヨーロッパではトルコ文化が大人気で、トルコ国旗を模したパン「クロワッサン」(三日月)や、トルコ原産の金属打楽器(シンバルやトライアングル)があふれていた。誰もが作曲したトルコ行進曲、モーツァルトの歌芝居《後宮からの逃走》、ベートーヴェンの《第9》第4楽章などがその典型だ。
実はシュポアもトルコ風音楽を書いており、特に《ノットゥルノ》作品34は、おそらく現代では、“吹奏楽曲”の古典として知られている(東京では、2019年4月、東京佼成ウインドオーケストラが、第143回定期で、クラリネット奏者・指揮者、ポール・メイエの“吹き振り”で演奏している)。モーツァルトの《13管楽器》を思わせる管楽アンサンブル曲だが、副題に〈トルコ風軍楽〉と記されている。
そんなシュポアがトルコ・ファッションでロンドンへやってきたという。実は彼は「棒」で指揮することを創始したひとでもある。このとき、初めて「棒」の下で演奏したオケ団員たちの様子も、本書では描かれている。
シュポアの“棒さばき”はリースにも衝撃を与えた。1か月後の演奏会で、リースは「指揮者」としてデビューし、師匠の《運命》を指揮したのだが、このとき初めて、シュポアに倣って「指揮棒」を使ってみた。その結果がどうなったかは……本書をお読みいただきたい。
なお、このときリースは、もうひとりの音楽家を、なんとしてもロンドンへ招聘したかった。師ベートーヴェンである。しかし、種々の事情で頓挫する。しかし、その結果、生まれたのが《第9》だった。
そのほか、ロマン派誕生前夜が、真摯な筆致で、生き生きと描かれる。前著のシンドラーのような強烈個性こそないが、まじめに、一生懸命、師匠を信じて生きた生涯は、読んでいて、とても快い。そのうえで、あらためて彼の大量の作品群を聴くとき(ほとんどは、ナクソス・ミュージック・ライブラリーで聴取可能)、いままでよく知らなかったこの作曲家が、友人のように思えてくるだろう。
リースは1838年1月に53歳で亡くなった。その5か月後に、彼の遺稿文が刊行された。『ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンに関する伝記的覚書』で、楽聖が難聴で悩む姿や、ナポレオン即位の報を聞いて激怒したとの有名挿話は、このなかで初めて描かれたという。没後、おそらく今日まで、リースの名は、この本の著者として有名だった。だがこれからは、そうではない。本書は「作曲家」リースの存在に光をあてた、「世界で最初」の伝記なのだから。
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