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2016.02.03 (Wed)

第148回 映画『神なるオオカミ』

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 東京・渋谷の映画館「ヒューマントラストシネマ渋谷」で、毎年、特集上映「未体験ゾーンの映画たち」が開催されている(大阪シネ・リーブル梅田でも)。
 主催者(東京テアトル)いわく「様々な理由で日本での劇場公開が見送られてしまう傑作・怪作の数々」を上映する催しで、要はマニアックなホラーやSF、戦争ものなどの娯楽映画祭である。

 これが意外と人気があり、最初のうちは数本上映だったのが、昨年は10本となり、今年はついに50本もの「怪作」大会となった。
 こうなると、全体チラシだけではどんな映画なのか見当もつかず、『ゾンビマックス! 怒りのデス・ゾンビ』だの、『口裂け女 in L.A.』だの、すさまじい邦題を頼りに、ほとんどカンで突入するしかない。

 ところがこの映画祭、時々「一般公開されてもおかしくない、このような傑作が、なぜ含まれているのか」といいたくなる作品があるので、侮れない。

 たとえば昨年は、『特捜部Q 檻の中の女』(ミケル・ノガール監督、デンマーク)が「怪作」群に交じって上映され、危うく見逃すところだった。
 これは海外ミステリ・ファンならおなじみ、ユッシ・エーズラ・オールスンによる、デンマークの大ベストセラー小説の映画化である(邦訳はハヤカワ文庫)。
 大部な小説をかなり省略してはいたが、実によくできた映画化で、北欧独特のリリシズムや暗さもていねいに表現された、刑事ミステリの傑作であった。
 (今年は、第2作『特捜部Q キジ殺し』が、やはり「怪作」に交じって上映される)

 そんな映画祭で、今年、これまた危うく見逃すところだった「傑作」が上映された。
 『神なるオオカミ』(中国=フランス、2015年)である。
 フランスの名匠、ジャン=ジャック・アノー監督を招いて製作された、中国の超大作映画だ。

 1960年代、文革時代の中国で「下放」政策が実施された(反右派闘争時代の懲罰的な「下放」ではない)。
 大都会のインテリ学生が僻地の農村地帯へ派遣される。
 学生たちは農村に住み込み、読み書きなどの知識を農民に教えながら、農業を身につける。
 「徴兵制度」に対して「徴農制度」とも呼ばれた。
 
 この「下放」で、主人公の青年チェンは、内モンゴル自治区の遊牧民一族のもとへ派遣される。
 大草原を移動しながら、馬や羊たちと暮らす生活は、たいへん新鮮だった。

 牧畜の食糧である「草」を、ガゼルが食べつくしてしまう。
 よって、時折、ガゼルを駆除しなければならないのだが、全部を殺してはならない。
 なぜなら、オオカミたちが食べるガゼルも残しておかないと、食糧を失った彼らが、今度は馬や羊を襲いに来るからだ。

 チェンは、このオオカミに興味をもつ。
 あるとき、オオカミの赤ん坊を救出し、あまりの可愛さに、こっそり飼育する。
 もちろん、許される行為ではない。
 遊牧民にとってオオカミは、恐れながら崇める、神と悪魔が同居したような存在なのだ。
 案の定、チェンの行為は、想像以上のトラブルを招き、草原地帯の近代開発を目指す共産党政府の思惑もからんで、事態は複雑化の一途をたどる……。

 物語の基本は、『野生のエルザ』(1966年)とほぼ同じなのだが、この映画のうまいところは、人間と動物のかかわりに、中国の政治問題をからめた点にある。
 チェンのオオカミを愛する「個人的感情」は、大自然と、政治方針の両方によって、封殺されるのである。
 最後は、野生動物が、人間も政治も凌駕する孤高の存在となるように演出されており、深い感動を覚える。
 言葉を失う大自然の光景や、動物たちも素晴らしく、約2時間、瞬きすら惜しまれた。
 深夜、暴風雪の中を疾走する馬の群れと、それを追うオオカミたちの追跡を空撮でとらえたシーンなど、CGもあるのだろうが、息を詰めて見入ってしまった。

 オオカミたちの「演技」も驚愕すべき出来で、まるで、監督の求めに応じて、怒りや哀しみを自在に表現しているようである。
 さすがは『子熊物語』や『トゥー・ブラザーズ』(虎の話)を作ってきた監督だけのことはあるが、海外サイトによれば、オオカミは生まれた時から調教して撮影に臨んだようだ。

 この監督のヒット作『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997年)は、いまでも中国では上映禁止だという。
 そんな監督に中国映画を託すにあたって、製作会社は「環境保護問題に重きを置いた映画だ」と訴えて実現させたらしい。

 音楽は、『タイタニック』のジェームズ・ホーナー
 昨年6月に飛行機事故で急逝したので、これが、ほぼ遺作となってしまった(公開順からいえば、このあと3作ある)。
 「他作品との類似」「自作の過剰な使い回し」が問題となることもあるひとだが、今回は、フル・オーケストラを起用し、胸をかきむしるような旋律で、昔ながらの堂々たる映画音楽を聴かせてくれる(もっとも、これも使い回しかもしれないが、私にはそこまではわからなかった。フィリップ・グラスを思わせる部分が少しあったが)。
 この音楽を書いて亡くなったのかと思うと、特にラストなど、涙を禁じ得なかった。

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▲ジェームズ・ホーナーの、(ほぼ)白鳥の歌となった『神なるオオカミ』サントラCD。素晴らしい内容なので、多くの方に聴いてほしい。

 この映画は、若いひとたち、特に高校生や大学生に観てもらいたい。
 鎌倉で家族が形成されるとか、戦国時代にタイムスリップするとか、そういう映画もいいけれど、何年もかけて、動物や大自然と格闘しながら作られた画面は、重みがちがう。
 全編に「映画でなければできないこと」が充満している。
 これが「映画」なのである。
 そして、大自然に人間がどう接するべきかについての、明確な主張がある。

 おそらく本稿がアップされるころには、東京での上映はそろそろ終了だと思うが(急きょ、当初の予定よりも上映回数は増えたが、ほとんどが満席だった)、できれば今後、ジェームズ・ホーナー追悼のためにも、大スクリーンと大音響で、単独公開してもらえないだろうか。
(1月31日、ヒューマントラストシネマ渋谷で所見)

【★★☆】
★★★ 嗜好に関係なく、お金と時間を費やす価値がある。
★★☆ 嗜好が一致するのなら、お金と時間を費やす価値がある。
★☆☆ 嗜好の範囲を広げる気があるなら、お金と時間を費やす価値がある。


このCDのライナーノート(解説)を書きました。とてもいいCDだと思います。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

毎週(土)23時、FMカオンにて「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」案内係をやってます。2月は「追悼、ブーレーズ」と、「吹奏楽で聴く、BP芸能ワイドショー!」です。

◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。
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