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2020.12.25 (Fri)

第292回 筒美京平、半歩立ち止まる。

筒美京平
▲めったに表に出なかった、筒美京平(和田誠・装画のデータブック)


 初秋に、さほど深刻ではなかったものの、少々、体調を崩した。
 わたしは、10余年前に受けた食道(噴門)癌手術の後遺症のようなものを抱えている。普段はクスリでおさえており、何ということもないのだが、数年に一度、調子が悪くなる。そのたびに、短期入院もした(今回は、そこまでには、至らなかったが)。
 昨年秋には、再発と思われる腎臓腫瘍の切除手術も受けた(悪性ではなかったが)。

 そんなせいで、力が入らない日々を過ごしていると、ただでさえコロナ禍で、多くの仕事がうまく進まないところへ、著名人の逝去のニュースがつづき、気が滅入ってきた。
 その後、体調もほぼ回復したので、当コラムを再開しようと考えていた矢先でもあったので、出鼻をくじかれたような気分だった。

桑田二郎(漫画家)、エンニオ・モリコーネ(映画音楽作曲家)、弘田三枝子(歌手)、外山滋比古(言語学者)、濱野彰親(挿絵画家)、須藤甚一郎(目黒区議、元芸能レポーター)、渡哲也(俳優)、豊竹嶋太夫(義太夫)、かぜ耕士(作詞家)、井出孫六(作家)、近藤等則(ジャズ・トランぺッター)、大城立裕(作家)……かつて仕事でお世話になったり、敬愛してきたひとの訃報は、つらい。

 なかでも、作曲家・筒美京平の逝去には、特にガックリ来た。
 (その後、中村泰士、なかにし礼の訃報までがつづいた)

 筒美作品の魅力は「半歩立ち止まる旋律」にあると、わたしは、むかしから思っていた。
 具体的にいうと、ほとんどの有名作品の、旋律の冒頭やサビの部分で、8分休符、もしくは4分休符が入るのだ。
 とりあえず、1980年代までの、主だった曲だけ、挙げてみよう(以下、✔印の部分が、休符)。

✔バラ色の雲と/✔思い出をだいて 
(ヴィレッジ・シンガーズ《バラ色の雲》、橋本淳・作詞/1967年)

✔君のすてきな/✔ブラック・コート
(オックス《スワンの涙》、橋本淳・作詞/1968年)

✔街の灯りが/✔とてもきれいねヨコハマ
(いしだあゆみ《ブルー・ライト・ヨコハマ》、橋本淳・作詞/1968年)

✔嫌われてしまったの/✔愛する人に・・・・・・✔あなたならどうする/✔あなたならどうする
(いしだあゆみ《あなたならどうする》、なかにし礼・作詞/1970年)

✔誰もいない海/✔二人の愛を確かめたくて
(南沙織《17才》、有馬三恵子・作詞/1971年)

✔小雨にぬれているわエアポート
(欧陽菲菲《雨のエアポート》、橋本淳・作詞/1971年)

✔いまもあなたが好き/✔まぶしいおもいでなの
(南沙織《色づく街》、有馬三恵子・作詞/1973年)

私の私の彼は/✔✔左きき
(麻丘めぐみ《わたしの彼は左きき》、千家和也・作詞/1973年)

✔もっと素直に僕の/✔愛を信じて欲しい
(郷ひろみ《よろしく哀愁》、安井かずみ・作詞/1974年)

✔あなたお願いよ/✔席を立たないで
(岩崎宏美《ロマンス》、阿久悠・作詞/1975年)

ねえ涙拭く木綿の/✔ハンカチーフください/✔ハンカチーフください
(太田裕美《木綿のハンカチーフ》、松本隆・作詞/1975年)

✔午前三時の東京ベイは/✔港の店のライトで揺れる
(中原理恵《東京ララバイ》、松本隆・作詞/1978年)

✔いつか忘れていった/✔こんなジタンの空箱……✔飛んでイスタンブール/✔光る砂漠でロール
(庄野真代《飛んでイスタンブール》、ちあき哲也・作詞/1978年)

✔南に向いてる窓を開け/✔一人で見ている海の色……✔Wind is blowing from the Aegean/✔女は海
(ジュディ・オング《魅せられて》、阿木燿子・作詞/1979年)

✔ペアでそろえたスニーカー/✔春夏秋と駆け抜け
(近藤真彦《スニーカーぶる~す》、松本隆・作詞/1980年)

✔覚めたしぐさで熱く見ろ/✔涙残して笑いなよ
(近藤真彦《ギンギラギンにさりげなく》、伊達歩・作詞/1981年)

✔読み捨てられる/✔雑誌のように/✔私のページが/✔めくれるたびに
(松本伊代《センチメンタル・ジャーニー》、湯川れい子・作詞/1981年)

✔ベルが鳴る/✔あなたの部屋で
(薬師丸ひろ子《あなたを・もっと・知りたくて》、松本隆・作詞/1985年)

 このように、ことごとく、筒美作品は、1拍目の頭からスムーズに始まらないのである。
 多くが、半拍か1拍、休んで(グッと詰めて)から、始まるのだ。
 有名作品で、この種の「冒頭休符」がない曲は、《また遭う日まで》や《さらば恋人》《真夏の出来事》くらいではないだろうか。

 わたしは、むかしから、筒美作品を聴いたり口ずさんだりするたびに、この「冒頭休符」がなんとなく気になり、「半歩立ち止まる旋律」のように感じていた。
 あらためて口ずさんでみると、世の中が好景気で浮かれている時期にもかかわらず、そんな世相に溺れようとせず、冷静に見ているような曲調が多い。
 筒美作品は、絶対に世相に溺れない。
 どこか冷めた、せつない曲調が大半である。
 だから、ピンク・レディー(阿久悠・詞、都倉俊一・曲)のような、時代を陽性に体現している歌手には、向かなかった。
 その作曲姿勢は、どこか司馬遼太郎を思わせた。
 司馬作品は、戦国時代や幕末などの熱い時代を描いても、どこか冷めていた。
 改行の多い、シンプルな文章で、坦々とものがたりを進めた。
 筒美作品も、似ている。

 だが、常に大ヒットを求められる歌謡ポップスで、そうそう「冷静」「坦々」で通すわけにはいかない。
 そこで登場したのが「休符」だった。
 半歩(8分休符)、あるいは一歩(4分休符)、立ち止まって、一瞬、周囲を眺めてから、本題(主旋律)に入っていった。
 以上は、わたしの勝手な解釈だが、どうも、そんな気がしてならない。
 コロナ禍や桜の会で政府が右往左往しているこの時代に、筒美京平が全盛だったら、どんな曲を書いただろう。
 もしかしたら、立ち止まったまま、主旋律に入る気にもなれなかったのではないか。
 それこそ、ジョン・ケージ《4分33秒》のような、全編「Tacet」(休み)の曲になったかもしれない。
<敬称略>

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