2021.01.04 (Mon)
第293回 ヴィヴァルディを聴く映画

▲(左)映画『燃ゆる女の肖像』、(右)チャンドラー指揮・Vn、ラ・セレニッシマの《四季》
1979年、ヴィヴァルディの音楽を使用したアメリカ映画が3本公開された。しかも、どれもたいへんな名作だった。
『リトル・ロマンス』(ジョージ・ロイ・ヒル監督/1979/米)
名優ローレンス・オリヴィエが出演。ダイアン・レインの映画デビュー作でもある(撮影時13歳、かわいい!←いま55歳)。音楽担当はジョルジュ・ドルリューで(本作で、アカデミー作曲賞受賞)、《室内協奏曲》ニ長調RV93をアレンジして流していた。
『クレイマー、クレイマー』(ロバート・ベントン監督/1979/米)
アカデミー賞5部門受賞の名作。妻に家出されたダスティン・ホフマンが、男手ひとつで5歳の息子を育てる奮闘記。《マンドリン協奏曲》ハ長調RV425が上品に、うまく使われていた。
『オール・ザット・ジャズ』(ボブ・フォッシー監督/1979/米)
カンヌ映画祭最高賞受賞。ブロードウェイの名振付師による自伝的作品。毎朝、シャワーを浴びながら《協奏曲》ト長調〈アラ・ルスティカ〉RV 151を流しては、「さあみなさん、ショータイムです!」と疲れきった自らを鼓舞する(わたしは、この曲を大学のオンデマンド授業のテーマ曲に使用した)。
ほかにも、たとえば『八月の狂詩曲』(黒澤明監督/1991/日本)では、《スターバト・マーテル》RV 621が流れた。さほど有名な曲ではなかったのだが、この映画が契機で注目を浴びた。使用された音源は、クリストファー・ホグウッド指揮/エンシェント室内管弦楽団/ジェイムズ・ボウマン(カウンター・テナー)のDecca盤(1975年録音)で、いまでも名盤として知られている。
かようにヴィヴァルディが流れる映画は多いのだが、ひさびさに決定打が登場したのでご紹介したい。
『燃ゆる女の肖像』(セリーヌ・シアマ監督/2019/仏)だ。
18世紀フランス、孤島の屋敷を舞台に、貴族の娘と、彼女の肖像画制作を依頼された(当時としては珍しかった)女性画家との同性愛を描くものだ。昨年のカンヌ映画祭で脚本賞などを受賞したという。
全編、女性監督ならではの繊細でかつ堅牢な画面構成でできており、演出もたいへん品がある。どこか、往年のヴィスコンティやベルイマンを彷彿とさせる映画だった。前半はあまりに泰然とした展開で睡魔に襲われかけるが、後半になると一挙に展開が進み、クライマックスはまるで、ジェットコースタのようである。
実はこの映画に、音楽は2か所でしか流れない。
1曲は、島の小さな祭祀の場面に流れる、不思議な民族音楽のような声楽曲だ(ジャン=バティスト・デ・ラウビエのオリジナル)。
そしてもう1曲がヴィヴァルディで、《四季》の一部が、ある場面で流れる……のだが、具体的な場面や、曲名までを述べると、物語の核心にかかわってくるので、あえて伏せる。だが、これは映画史に刻まれる名場面だと思った。
同時に、演奏が強烈というか個性的で、おそらく、一般の音楽ファンは、こんなヴィヴァルディは初めてと感じる方が多いのではないだろうか。メリハリが強烈で、まるで、この映画の、あの場面のために演奏されたような迫力なのだ。
これは、エイドリアン・チャンドラーが主宰する古楽アンサンブル「ラ・セレニッシマ」の演奏。2015年に録音された、Avie RecordsレーベルのCDで、約3分弱、音楽はノーカット、画面もワンカットで疾走する。
エイドリアン・チャンドラー(1974~)はイギリスのヴァイオリニスト。バロック・ヴァイオリンの専門家で(モダンも弾くらしい)、1994年にピリオド・アンサンブル「ラ・セレニッシマ」(ヴェネツィア共和国の別称で「澄み切った青空」の意味)を結成した。主にヴィヴァルディと同時代の作品を中心に、イタリア・バロックの秘曲を続々と録音、グラモフォン賞も2回受賞している。
ヴィヴァルディは、なんといっても、戦後、フェリックス・アーヨ率いる「イ・ムジチ」によるPhilips盤の《四季》が大ベストセラーになって、一挙にポピュラー作曲家になった(それまでは、いまほど有名ではなかった)。
その後、ピリオド楽器が盛んとなり、「イ・ムジチ」風の「きれいな演奏」よりも、荒々しい現代解釈による(いや、かえって初演時風の?)、いままでに聴いたことのないアクセントやアゴーギクの演奏が好まれるようになった。アーノンクール、ビオンディ(エウローパ・ガランテ)にはじまり、アントニーニ(イル・ジャルディーノ・アルモニコ)に至っては、弓と弦、楽器本体がガリガリとこすれ合う音までが平然と収録される超過激演奏だった。
この映画に流れるチャンドラーの強烈演奏も、その延長線にある。
昨年12月4日に封切以来、都内では年が明けても公開がつづいているので、おそらく、ロング・ヒットになっているのだと思う。
このコロナ禍で映画やコンサートを控えている方も多いと思うが、劇場では会話や飲み食いをする必要はないのだから、たまには、こういう映画を観て、音楽とドラマの双方をを楽しんでみてはいかがだろうか。
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