2021.03.08 (Mon)
第302回 「懐かしさ」の理由~よみがえる《ジンギスカン》

▲日本では39年ぶりの新作、ジンギスカンの『ヒア・ウィ・ゴー』
このCDジャケットをご覧いただきたい。どう見ても若いとはいえないオジサン・オバサンたちが、すさまじい厚化粧とド派手な衣装で迫ってくる。
彼らは、《ジンギスカン》を歌った「ジンギスカン」なるグループである。
1979年に、「ミュンヘン・ディスコ・サウンド」として世界中で大ヒットした曲だ。
この曲は、1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストにおける「西ドイツ代表曲」だった。作詞作曲者コンビ(作曲者はプロの音楽家だが、作詞者は経済学者)は、「曲」で応募したのだが、ステージで歌う「歌手」が必要となり、急きょ、オーディションでシンガーとダンサー6人が集められ、曲名と同じ「ジンギスカン」のグループ名で本選会に出場した。
結果は4位だったが、その異様なハイテンションぶりと、わかりやすくて楽しい曲想で、たちまち世界的大ヒットとなった。
日本でも膨大な数のアーティストがカバーし、高校野球やプロ野球、サッカーの応援音楽としてロング・ヒットとなった。ディスコ曲の枠を超え、盆踊りで人気となったほか、幼稚園・保育園での定番となり、いまでも運動会などで幼児たちが「ウ! ハ!」と元気な声をあげて踊っている。
その彼らの14年ぶり(日本では39年ぶり)のオリジナル・アルバム『ヒア・ウィ・ゴー』がリリースされた。
すべて新録音で、《ジンギスカン》のほか、《めざせモスクワ》《ハッチ大作戦》《ロッキング・サン》(原題:ジンギスカンのロックな息子)など往年の名曲が新アレンジで収録されているばかりか、《パリ大作戦》《アフリカ》《イスタンブール》《エルサレム》といった(タイトルだけでもワクワクする)新曲も多数収録されている。
とにかく楽しいアルバムだ。最近は、デジタル・ウォークマンで、こればかり聴いている。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集など、すっかり忘れてしまった(すいません)。
そして聴いているうちに、不思議な気分になってきた。
最初は、若いころを思い出して「懐かしいなあ」と感慨に耽っていた。
1979年、わたしは大学生だった。ソニーがウォークマンを発売した年だ。原宿で竹の子族たちが《ジンギスカン》で踊っているのを横目に見ながら、NHKホールのN響定期演奏会に通っていた。
だが、聴いているうちに、単なるノスタルジックな「懐かしさ」ではないような気がしてきた。
彼らの曲は「都市シリーズ」とでもいうべきもので、ヨーロッパ中央から見れば「エキゾチック」な「辺境」を題材に、モンゴルからアフリカまでを縦横無尽に駆け巡り、大人数で「ウ! ハ!」と雄叫びを上げながら、歌って踊る曲ばかりだ。
歌詞は「ジン、ジン、ジンギスカ~ン、飲めや兄弟、騒げや兄弟」だの「ハ、フ、ハ、フ、イスタンブ~ル、東と西が調和するボスボラス海峡」だの、実に他愛ないのだが、これは明らかに「旅」の世界、しかもオリンピック精神に通じているように思う(現に彼らの第2弾《めざせモスクワ》は、1980年のモスクワ・オリンピックをあてこんでリリースされた)。
つい1年前までは、飛行機や列車で、気軽にどこにでも行けた。劇場や映画館、コンサートでは隣の席も埋まっていた。レストランや居酒屋で1席空けて座るなんてこともなかった。夜7時の酒類オーダーストップを気にして店に駆け込む必要もなかったし、酔って少しくらい大声を出しても大丈夫だった。東京オリンピックが開催され、世界中から観光客がやってくるものだと信じていた。
このアルバムは、そんな「コロナ以前の世界」を音楽にしているように感じる。それが早くも「懐かしい」世界になってしまったのだ。
グループ「ジンギスカン」は、1979年の結成以来、何度となく解散~再結成を繰り返し、その間、プロデューサーもメンバーもかなりの数が入れ替わった。現在、同名グループが2組あり、双方に創設メンバーがいるらしい。今回のCDは、創設時のメンバーのひとり、ウォルフガング・ハイヒェルが中心となっている組だという(彼らの「歴史」は実に複雑だが、国内盤CDのライナーノーツで音楽ジャーナリストの吉岡正晴氏が、丁寧な解説を寄せている)。
いったいどっちが本家なのか、よくわからないが、それでもかつての《ジンギスカン》ファンを裏切らない、そして一刻も早く「コロナ以前の世界」に戻りたくなる、中身の濃いアルバムである。
<一部敬称略>
【映像】1979年当時の《ジンギスカン》。いかにも即席結成。どこか踊りもぎごちない。
【映像】楽曲《ジンギスカン》の最新版。なかなかいいビデオだが、今回のCDとは別組では?
【映像】《めざせモスクワ》2020年版。これも今回のCDとは別組?
【映像】今回のアルバム中の新曲《パリ大作戦》。これはCDと同一メンバー(分離組?)。
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