2021.03.18 (Thu)
第305回 ほんとうだった「名作の誕生」~文学座公演『昭和虞美人草』

▲文学座公演『昭和虞美人草』(マキノノゾミ作、西川信廣演出)
わたしは、一応”音楽ライター”なんて名乗っているが、芝居も好きだ。だが、たいした数は観ていないし、見巧者でもないので、劇評みたいなことは、あまり書かないようにしている。
しかし、先日の文学座公演『昭和虞美人草』(マキノノゾミ作、西川信廣演出/文学座アトリエにて)は、ぜひ多くの方に知っていただきたく(29日まで、配信で鑑賞可能)、以下、ご紹介したい。
特に、現在60歳代以上の方には、たまらないものがあるはずだ。
これは、夏目漱石『虞美人草』の昭和版である。
この小説は、漱石が朝日新聞社に入社して(つまりプロ作家となって)最初に書いた連載小説だ。漢文調が混じる、いまとなっては実に読みにくい小説である。一般の本好きで、本作を最後まで読み通したひとに、わたしは会ったことがない。これ以前の最初期2作が『吾輩は猫である』『坊っちゃん』だったことを思うと、なぜこんな小説を書いたのか、不思議ですらある。やはり連載媒体が「朝日新聞」だったからか。
内容は――明治時代、漱石お得意のモラトリアム男たちと、(当時としては)異例なまでに活発な女性などが入り乱れ、グズグズいいながら恋愛関係になったり離れたりする物語である。明治維新後、旧時代を脱し、変わり始めた若者たちの姿を描いている――そんな小説だと思う。
この青春群像劇を、マキノノゾミが、1973(昭和48)年に舞台を移して翻案した。
4人の大学生がつくっているロック音楽のミニコミ誌が、書店で一般販売されることになった場面からはじまる。いうまでもなく、「rockin'on」と「ぴあ」がモデルである。
原作の舞台は、東京と京都がほぼ交互に登場するが、ここでは、東京の雑誌編集部(主宰者の自宅の書斎)のなかだけで進行する。
この4人に、気の強いお嬢様と、対照的なおとなしい娘がからみ、原作通り、結ばれたり離れたりしながら「おとな」になっていく姿が描かれる。
この「おとな」になる過程が、重要なモチーフとなる。未熟な若者は、いつ、どういう経験を経て「おとな」になるのか。マキノは、6人の若者に様々な試練を与える。それらを乗り越えたとき、彼らの前に予想外の人生が開かれていく。
こうして書くと、いかにも70年代を思わせる、泥臭い青春ドラマを連想するかもしれないが、そうならなかったところが、マキノ台本のうまさだ。
なぜなら、70年代を象徴する多くの小道具や音楽、エピソードに、物語全体があまり入れ込まないのだ。どちらかというと、冷めて接しているような印象すらある。そのため、時代設定は1973年だが、いつの時代にも通用する普遍性が生まれた。
たとえば若者のひとり・宗近(上川路啓志)が、”まちがった結婚”に進もうとしている友人を、えんえんと諭す長台詞の場面がある。ここで宗近はひたすら「まじめになれ」と説く。いまさら「まじめ」とは、いかにも70年代的で面映ゆい気もするが、実はこれが、現代の我々へのメッセージであることに気づく。
なにごとも付け焼刃的な対応でごまかすひとたち。ネットやSNSばかりに頼って人間本来の温もりをわすれてしまったひとたち。「まじめになれ」は、そんな2000年代のわたしたちに対する、1973年からのメッセージなのだ。
役者は、さすがにアンサンブル抜群の劇団だけあり、全員、素晴らしい演技を見せる。特に上述の上川路啓志は往時のロック青年を見事に再現し、忘れがたい名演技。「まじめになれ」説教の場は、近年の演劇史上にのこる名場面だと思う。
わがままお嬢様を演じた鹿野真央もすごい迫力だった。
登場人物10人、そのうち2人だけが年輩者で、あとはすべて若者である。全2幕、正味2時間半の長い芝居だが、学生演劇や、若手アマチュア劇団でもチャンレジしがいのある戯曲だと思う。
新聞の劇評に「長く上演されるべき名作の誕生を見た思いだ」(読売新聞、3月16日付夕刊)とあったが、決して大げさではない、多くのひとに観てもらいたい舞台である。
<敬称略>
※公演は、東京・信濃町の文学座アトリエにて、3月23日(火)まで。
その後、岐阜・可児市文化創造センターで27日(土)~29日(月)。
詳細はこちらで。
※「ライブ映像配信」は、3月19日(金)23:59まで/20日(土)0:00~26日(金)23:59(税込3,000円+手数料/文学座支持会員の一部は無料)。
詳細はこちらで。
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