2021.03.22 (Mon)
第306回 アニメーション映画『ジョセップ』~よみがえる童謡《はるかな青空》

▲アニメーション映画『JOSEP』
恒例の「東京アニメアワードフェスティバル2021」(TAAF2021)が終わった(3月12~15日、東京・池袋の新文芸坐ほかにて)。
わたしは、いつも国際コンペ部門(長編4本、短編30本前後)を楽しみにしている。アニメーションに、これほど多彩な題材、テーマ、表現方法、音楽があるのかと、毎年、感動するばかりだ。
今年の長編コンペ部門グランプリには、『ジョセップ』(原題:JOSEP/フランス・スペイン他合作/2020年/監督:オーレル)が選出された。
内容は――
「1939年2月、スペイン共和派の人々は、フランコの独裁政権からフランスに逃れてきていた。フランス政府は収容所を建設して難民たちをそこに閉じ込め、劣悪な衛生環境のうえ、水や食料がほとんど手に入らない状況に追い込んだ。収容所の中で、有刺鉄線で隔てられながらも、二人の男が友達になる。一人はフランス側の看守、もう一人はフランコ政権と戦うイラストレーターのジョセップ・バルトリ(1910年バルセロナ生~1995年ニューヨーク没)だった」(TAAFのオフィシャル紹介文)
映画は、現代のフランスで、年老いて余命いくばくもない上記の看守が、病床で、孫にジョセップの思い出を語る構成になっている。
現代部分は2Dのフル・アニメだが、回想部分は色数や動きを抑えたイラスト絵物語のようなタッチで描かれる(消えゆく老人の記憶のようだ)。
しかし、「フランコ独裁政権を逃れてフランスに流入したスペイン難民」の話は、ヨーロッパの近現代史に詳しくないと、そう誰でも知っていることではないと思う。
それをこの映画は、現代と結んだ構成で描いているのだが、肝心の若者(看守の孫)のキャラクターが十分に描き込まれていないので、アイディア抜群のラストシーンが生きていないように感じた。
だが、とにかくこのアニメ映画で、初めてジョセップ・バルトリを知ったひとは多いと思う。彼が、収容所脱出後、メキシコにわたってフリーダ・カーロと同志(愛人)となる挿話も描かれている。数年前、ニューヨークのオークションで、フリーダ・カーロ直筆のラヴ・レターが、10数万ドルで落札されたとのニュースがあった。その手紙の相手が、このジョセップ(ホセ)・バルトリである(ジョセップ=Josepはカタロニアの名前で、アメリカではホセ=Joseと呼ばれていた)。
そしてここからが本題なのだが――わたしは、映画冒頭のオープニング・タイトル曲にびっくりしてしまった。童謡《はるかな青空》が流れたのだ。
小学校か中学校のころ、音楽の教科書もしくは副読本(「世界の愛唱歌集」や「ハイキングで歌おう」のような)に載っていた曲だ。当時は「ポーランド民謡」と表記されていたと思う。
その後、おとなになって知ったのだが、これは正式には《ワルシャワ労働歌》といい、民謡ではなく、ちゃんと作詞作曲者がいる「労働歌」だった。「進め、ワルシャワへ!」と、労働者を鼓舞する内容である。1880年ころに書かれた。
日本には昭和初期につたわり、《ワルシャワ労働者の歌》として、左翼陣営の愛唱歌となった。訳詞は、左翼系作家の鹿地亘(1903~1982)。戦後、ソ連のスパイと疑われ、占領軍のキャノン機関によって拉致監禁されていたひとだ。「暴虐の雲 光をおおい/敵の嵐は 荒れ狂う」「ひるまずすすめ」「敵の鉄鎖を 打ち砕け」と、なかなか過激な歌詞だ。
そんな曲が、戦後、詩人・作詞家の平井多美子によって新たな詞がつき、童謡《はるかな青空》となった(NHK「みんなのうた」が初出のようだ)。「山が川が呼んでいる みんな元気に出かけよう」で始まる明るい詞で、たしかにハイキング向きながら、実は革命を呼びかける曲だったわけで、どこか不思議な童謡となった。
で、問題は、なぜそんな「ポーランドの労働歌」が、スペイン難民を描くアニメ映画のテーマ曲となったのか。
ここから先は、今回、内外のネット情報で調べたニワカ知識なので、正確ではないかもしれないが――。
実はこの曲は、スペインでは《A las Barricadas》(バリケードへ)の題で知られる有名曲だった。スペイン内戦時、フランコ政権に対するアナキストの最大反勢力「CNT」(全国労働連盟)で事実上の連盟歌として、さかんに歌われていた。作詞は労働運動家で詩人のバレリアーノ・オロボン・フェルナンデス(1901~1936)。「黒い嵐が大気を揺さぶり、暗雲がわたしたちを覆う」「立て人民よ、戦え!」「バリケードへ向かえ! 連盟の勝利のために」と、これまた熱い詞である。
映画で流れたのも、そのフェルナンデス・バージョンと思われる(おそらく、この音源ではないか。アナキズム音楽のサイトより)。
スペインでこれだけ有名なのだから、ほかの国でも同様で、ロシア版、旧東ドイツ版、英語版(イギリス、アメリカ)、中国版などもあるようだ。もちろん、どこの国でも、体制に対抗する「労働歌」としてうたわれている。
ハイキング用の童謡となっているのは、日本だけのようだ。
<敬称略>
◆ここに、ジョセップの写真や絵があります。
◆『ジョセップ』は、すでに、amazonプライムほかで配信されていますが、『ジュゼップ』と邦題表記されていることが多いので、ご注意ください。
【参考】
TAAF2021短編コンペ部門グランプリ作品『棺』(Coffin)は、ここで無料公開されています。
(フランスのアニメ専門学校〈ゴブラン〉2020年度卒業生6人による合同製作/5分23秒)
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
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