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2021.03.24 (Wed)

第307回 書評『大河ドラマの黄金時代』

春日
▲春日太一著『大河ドラマの黄金時代』(NHK出版新書)

 新書による大河ドラマ解説書では、文芸評論家・小谷野敦による『大河ドラマ入門』(光文社新書、2010年1月刊)があった。第1作『花の生涯』(1963年)から、刊行時点での最新・第48作『天地人』(2009年)までが取り上げられていた。一介の大河ファンの視点で、キャスティングの良し悪しや、原作・史実との関係などを、歯に衣を着せぬタッチで述べるエッセイ風の解説書だった。

 今回出た『大河ドラマの黄金時代』(春日太一著、NHK出版新書)は、いま大人気の映画史・時代劇研究家によるドキュメントである。第1作『花の生涯』から、第29作『太平記』(1991年)までを「黄金時代」と区切って、制作と演出にあたったNHKスタッフへのインタビューで構成されている。あまり表沙汰にしたくないはずのトラブルも率直に語られており、大河ファン垂涎のエピソードが続出する(なぜ、第30作以降を取り上げないのかは、巻末に、説得力抜群の解説がある)。

 わたしは“音楽ライター”として、大河ドラマのテーマ音楽では、特に以下の3作に興味をもってきた。
①第2作『赤穂浪士』テーマ(1964年、芥川也寸志作曲)
②第18作『獅子の時代』テーマ(1980年、宇崎竜童作曲)
③第42作『武蔵 MUSAHI』テーマ(2003年、エンニオ・モリコーネ作曲)

 ①は、おそらく大河ドラマ史上、もっとも知られたテーマ曲で、いまでもバラエティや歴史番組で「赤穂浪士」「忠臣蔵」の話題になると、流れることがある。
 だがあの曲は、映画『たけくらべ』(五所平之助監督、1955年)の音楽の、ほぼそのままの流用である。ラストで、美登利(美空ひばり)が、お歯黒溝(どぶ)をわたって芸妓として吉原に出る(少女時代が終わり、おとなの世界へ入っていく)場面にえんえんと流れる音楽なのだ。正確にいうと、『花のれん』(豊田四郎監督、1959年)、『ぼんち』(市川崑監督、1960年)にも一部流用されていて、『赤穂浪士』は4回目のおつとめだった。
 もともと芥川也寸志は、自作の流用・改作の多い作曲家だったが、それにしても、これほど「そのまま」流用することが、NHK内部で問題にならなかったのだろうか。

 ②の『獅子の時代』は、NHK交響楽団と、宇崎竜童のダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドが共演する前代未聞のテーマ曲だった(しかも、かなりエレキが主役)。大河のテーマ曲は、第3作以降、すべて「NHK交響楽団」が(合唱や邦楽器の参加はあったが)、基本的に「単独」で、クラシック系指揮者の棒で演奏してきた。それがついに破られたのだ。
 この事態を、N響は、容易に受け入れたのか。

 そして③は、初めて海外の映画音楽の巨匠が起用されたわけで、いったい、どうやって打ち合わせをしたのか。モリコーネはドラマ映像を観たのか。観ていないなら、何を根拠に、ああいう音楽が生まれたのか(トランペットの緩やかなファンファーレ調)、映像を観ずに映画(TV)音楽が書けるのか。
 当時、CDライナーなどで一部が明かされていたが、もっと制作内部の話として知りたかった。

 このうち、本書では、②の内情が、スタッフの証言で明かされる。
 『獅子の時代』は、大河史上初の原作ナシ、オリジナル書き下ろし脚本である(山田太一)。2人の架空の人物(菅原文太、加藤剛)を通して明治新時代を描く、新機軸ドラマだった。そこで現場の若手ディレクターが、音楽も新機軸でいきたいと、宇崎竜童のロックとN響を共演させようと考える。渋るプロデューサーはなんとか説得したが、音楽部長はOKを出さない(返事すらしてくれない)。もちろん、N響も嫌がった。

 それでも交渉をつづけ、「なにも知らずに録音に行ったら、そこに宇崎竜童たちがいた」とする形でOKが出た。
 ところが、録音当日、「指揮者」が現れなかった(本文で氏名は明かされていないが、当時のN響の正指揮者は岩城宏之、外山雄三、森正。3人とも大河の指揮は経験済み)。そこで、当時、N響のアシスタント・コンダクターだった小松一彦が乗り出してくれて、「スタジオを2つに分けてほしい」と提案、別々に指揮・録音し、合成することでなんとか実現したのだという。

 この2年前、N響は、劇場版アニメ映画『科学忍者隊ガッチャマン』の音楽を演奏している(すぎやまこういち作曲・指揮)。『交響組曲/科学忍者隊ガッチャマン』としてLP化もされた。実に素晴らしい音楽で、ドラムスには、先日逝去した村上“ポンタ”秀一が参加していた。著名オーケストラがアニメ音楽を演奏した第1号である。これが突破口となって、以後、クラシック・オーケストラによるアニメ音楽は、珍しくなくなっていくのだ。

 かように、当時のN響には“柔軟性”みたいなものが芽生えていたと思っていたが、さすがに大河ドラマはNHKの大事業となっていただけに、まだまだ、お堅い空気に支配されていたようだ。N響とロックとの共演が、当時としてはいかに奇跡的なことだったかが、伝わってくる。
 
 本書『大河ドラマの黄金時代』は、この種のエピソードが満載である。
 NHKの関連会社から刊行されているので、「オフィシャル本」のおもむきもある。だが、さすがは春日太一だけあり、大組織NHKの問題点と、そのことが大河ドラマにどう影響したかも、時代を追ってキチンと検証している(金曜/水曜/大型時代劇シリーズにも目を配っている)。

 よって本書は、大河ドラマの制作事情を追いながら、自然とNHK史、TVドラマ史にもなっている、そこが素晴らしい。今度は①と③の内情も教えてください。
<敬称略>

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