2021.05.01 (Sat)
第310回 リヒャルト・シュトラウスの思い出

▲(左)「ヘア解禁オペラ」となったユーイングの《サロメ》DVD(現在、新品入手困難)
(右)シュヴァルツコップ&カラヤンの映画『ばらの騎士』ポスター
東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第153回定期演奏会が中止となった(4月29日)。3回目の「緊急事態宣言」で、会場の東京芸術劇場が休館となったのだ。昨年の4月と6月につづく3回目の中止だ。今回の指揮者、飯森範親(来日不能となったユベール・スダーンの代役)は、昨年4月も登壇予定だった。
この〈金魚の糞〉のようにダラダラとつづく宣言やら措置については、いいたいことが山ほどあるのだが、それはまた別の機会に。
今回中止になった演奏会は、リヒャルト・シュトラウス特集だった。
わたしはプログラム解説を書いたのだが、昨年に引き続き、これまたボツとなってしまった(ただ、今回は、すでにデザイン版下も完成しており、TKWO事務局がサイトにアップしてくれているので、興味のある方は、ご覧ください)。
せっかくなので、リヒャルト・シュトラウスに関する思い出を少々。
リヒャルトの曲は、中学のころから交響詩などをLPで聴いていたが、初めてナマで聴いたのは「吹奏楽」だった。1979年度の全日本吹奏楽コンクール(全国大会)、千葉県立銚子商業高等学校(小澤俊朗・指揮)の演奏である。曲は、楽劇《サロメ》~〈7つのヴェールの踊り〉。会場は、いまはなき普門館。当時、わたしは大学生だった。
このときの衝撃、感動、驚愕は、いまでも忘れない。
こんな音楽を平然と演奏している銚子商業とは、なにものなのか、開いた口がふさがらなかった(もちろん金賞。たしか、《サロメ》の全国大会初演だったはず)。
これは一種の〈ストリップ音楽〉である。ヘロデ王の娘が、預言者ヨカナーンの「首」欲しさに、父王(血はつながっていない)の前で、7枚のヴェールを1枚ずつ脱いで身体を見せて機嫌をとり、最終的に全裸になる、そんな場面の音楽だ。
このオペラを初めてナマで観たのが、1987年4月のベルリン国立歌劇場来日公演だった。
これは異色の演出だった(ハリー・クプファー演出)。舞台上にビル3階建てくらいの鉄骨の建造物が組まれ、人物は階段を使って「上下」に移動する。なかなかSFチックなヴィジュアルだった。
問題の〈7つのヴェールの踊り〉は、エヴァ=マリア・ブントシューが妖艶に舞いながら歌い、少々ダイナマイト体型だったが、それでも最後は全裸になった(ただし肌色の全身ストッキング着用)。
肉襦袢姿とはいえ、たいへんなオペラもあったもんだと驚いた。
だが、《サロメ》といえば、ビデオ映像だが、英国ロイヤル・オペラのマリア・ユーイングが忘れられない。1992年の舞台収録で、彼女の踊りはかなり本格的。7枚のヴェールの下は、なにも付けていない完璧全裸となる。日本版でもボカシはなく、「ヘア解禁オペラ」などと呼ばれた。こればかりは、いくらコンクール前の予備学習とはいえ、学校吹奏楽部で見せることはできない。しかしユーイングはなかなかの美形スタイルで、オペラ歌手=ドスコイ体型との先入観を払拭した。もちろん歌唱も強烈なまでに素晴らしい。
それにしてもTV放映不可の姿をさらさなければならないとは、オペラもたいへんな時代になったもんだと驚いた。
ほかに映像では、テレサ・ストラータス主演のオペラ映画版も長く人気があった。
その後、さまざまなリヒャルトに接してきたが、最高の演奏は、1994年のウィーン国立歌劇場来日公演の《ばらの騎士》だった。実は、冒頭で記した東京佼成ウインドオーケストラのプログラム解説で、この公演についてチラリと触れたら、「行ってもいないくせに、見てきたように書いている」との声があったようなのだが、清水の舞台から飛び降りて、6万5000円(!)を自費で払って、ちゃんと行っているのだ。
このときの指揮はカルロス・クライバー。彼の生涯最後のオペラ指揮となった、伝説の舞台である。フェリシティ・ロット(元帥夫人)、アンネ・ソフィー・フォン・オッター(オクタヴィアン)、バーバラ・ボニー(ソフィー)の3役も筆舌に尽くしがたい名演・名唱で、最後の三重唱などは、「胸をかきむしられる」とはこのことではないかと、座席上で悶絶したものだ。これは、心底、観ておいてよかったと思える、高額切符も納得の舞台だった。
なお、《ばらの騎士》の映像も各種あるが(クライバーでは、ウィーンとバイエルンの2種類の舞台映像が商品化されている)、やはりお薦めは、カラヤン指揮の「映画」版。1960年のザルツブルク祝祭劇場のこけら落としで上演された際のメンバーでスタジオ録音し、それに歌手の演技映像を重ねた、垂涎のオペラ映画だ。3役は、エリーザベト・シュヴァルツコップ(元帥夫人)、セナ・ユリナッチ(オクタヴィアン)、アンネリーゼ・ローテンベルガー(ソフィー)。当時45歳のシュヴァルツコップは、声も容姿も美しく、品があり、史上最高の元帥夫人といって過言ではない。
作曲者リヒャルト・シュトラウスは、自分の葬式で、このオペラの三重唱を流してくれと言い残した。実際、ショルティの指揮で演奏されたのだが、もしこのオペラ映画を知っていたら、「あのメンバーで演奏してくれ」と、まちがいなく遺言したと思う。
〈敬称略〉
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