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2016.02.12 (Fri)

第150回 映画『ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る』

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 三大狂言の一つ『義経千本櫻』の主人公は、題名とは裏腹に、源義経ではなく、平家の三武将(平教経、平知盛、平維盛)である。

 平家は壇ノ浦合戦で滅んだが、義経は、勝利者にもかかわらず、ちょっとした誤解から兄・頼朝に疎まれ、放浪の旅に出る。
 ところが、死んだはずの平家の三武将や安徳帝らが、実は生きており、平家再興をかけて、旅の途中の義経一行を次々と襲う(毎度、襲撃の仕掛けがとんでもなく複雑で、そこが面白さとなっている)。

 つまり義経を狂言回しにして、平家一門を再登場させることで、滅び行く者の思いや悔恨、哀しみが、あらためて浮き彫りになる、そんな物語である。

 現在公開中の映画『ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る』は、これと似た構成のドキュメンタリ映画だ(死んだり滅んだりする映画ではない)。

 2013年、オランダ・アムステルダムの「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」(RCO)は、創立125周年記念の世界ツアーを挙行した(私が大好きなオケで、メンゲルベルクやマーラーとの関係など、いろいろ綴りたいのだが、紙幅がないので省く)。
 カメラはこのツアーに同行する。
 原題は『コンサート50回で世界一周』だ。

 ここではRCOは狂言回しにすぎない。
 ほんとうの主人公は、各地のコンサートに訪れる聴衆で、そこから数人がクローズアップされる。

 アルゼンチンのタクシー運転手は、仕事中の孤独をクラシック音楽で癒している。
 南アフリカ・ヨハネスブルクでは、黒人の少女とヴァイオリン教師が、貧困や人種差別の中、音楽に安らぎを見出している。
 ロシアでは、ヒトラーとスターリンの恐怖政治の時代を収容所で生き抜いた老人が、マーラー《復活》に涙を流す。

 みな、音楽があったからこそ、耐えて生き抜くことができたと語る。
 ただし、彼らは特にRCOのファンでもなく、RCOの音楽に癒されたわけでもないようだ。
 たまたま、その土地にいて、RCOのコンサートに来たひとたちだ。

 よって、RCOの内情とか、音楽ドキュメンタリの傑作『OZAWA』(1985年)のような映画を期待すると、肩透かしを喰らう。
(義経が主人公だと思って『義経千本櫻』を観に行ったら、そうではなかったのと同じ)
 それだけに、観終って「ちょっとがっかりした」と話すクラシック・マニアもいたが、これは、エディ・ホニグマン監督のお得意の手法なのである。

 彼女の代表作『アンダーグラウンド・オーケストラ』(1997年)は、パリの地下鉄や路上で演奏する辻音楽師たちに焦点を当て、移民や不法滞在者、政治亡命者など、現代の「さまよえる人びと」を描いた、「目からウロコが落ちる」ドキュメンタリだった。
 今回は、その手法を、RCOの世界ツアーに用いたのだ。
 
 RCO団員による、ユニークな音楽解説も、少しばかり登場する。

 打楽器奏者は、ブルックナー7番で、シンバルをたった一回だけ奏する緊張感を語る。
 コントラバス奏者は、ショスタコーヴィチ10番冒頭の主旋律が、自分のパートのために書かれていることの感動を嬉々として語る。
 フルート奏者は、《アムステルダムの運河に捧ぐ》を吹き、泣きそうになりながら、故郷への思いを語る。
 コンサートマスターとヴァイオリン奏者の2人は、店の営業でコンサートに来られなかった友人のため、出発前のひととき、店を訪ねて即席コンサートを開催する。

 私は、世界各地の「音楽に癒された人びと」よりも、このRCO団員たちの姿に感動した。
 「音楽に癒された人びと」の話は、どこかで聞いたような既視感があり、新鮮味を感じなかったし、RCOのドキュメンタリに登場させる意味も薄いように思った。

 だが、団員たちの場面になると、とたんにスクリーンが生き生きし始める。
 ここまで楽しそうに音楽を語る演奏者は、観たことがない。
 編集も見事で、おそらく監督のエディ女史は、彼らのインタビュー後、「やったわ!」と拳を握り、すぐに、カット構成や音楽のことが頭に浮かんだだろう。
 全編が、RCO団員のインタビュー集でも、十分、成立したのではないだろうか。

 『義経千本櫻』の主人公は、義経ではないが、それでも、安徳帝を救出する場面や、静御前への思いを語る場面は、忘れがたい。
 この映画も、どこか似ている。

 なお、当然ながら日本語字幕版で、曲名などは出るのだが、地名や劇場名なども、もう少し出してほしかった。
 特に、ブエノスアイレスの、テアトロ・コロン(世界三大劇場の一つ)や軍事政権犠牲者碑、サンクトペテルブルクのホールなど、詳しい人でないと、わからないと思う。

 RCOに興味を持った方には、彼らの自主レーベルCD「RCO Live」シリーズをお奨めする(演奏は当然ながら、ジャケット・デザインも素晴らしい)。
 輸入CD店やアマゾンで購入できるほか、ナクソス・ミュージック・ライブラリーでも聴ける。
 映画のラストを飾る、ヤンソンス指揮、マーラー《復活》もあって、同シリーズの目玉商品となっている。
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(2月9日、渋谷・ユーロスペースにて所見)

【★☆☆】

【★★★】 嗜好に関係なく、お金と時間を費やす価値がある。
【★★☆】 嗜好が一致するのなら、お金と時間を費やす価値がある。
【★☆☆】 嗜好の範囲を広げる気があるなら、お金と時間を費やす価値がある。
【☆☆☆】 お金も時間も費やす価値はない。



このCDのライナーノート(解説)を書きました。とてもいいCDだと思います。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

毎週(土)23時、FMカオンにて「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」案内係をやってます。2月は「追悼、ブーレーズ」と、「吹奏楽で聴く、BP芸能ワイドショー!」です。

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