2021.06.22 (Tue)
第316回 新刊紹介『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』

▲『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(新潮社図書編集室・刊)
『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(新潮社図書編集室:発行)が4月に刊行された。
正式には、昨年が創立60周年だったので、2020年中の刊行を目指していたのだが、新型コロナ禍により、昨年は長期にわたって活動休止となってしまった。その関係で、約1年遅れでの刊行となった。
東京佼成ウインドオーケストラの歴史で特に欠かせないのは、同団の桂冠指揮者、フレデリック・フェネル(1914~2004)の存在だが、彼に関しては、すでに多く語られている。
わたしは、同書のドキュメント部分を取材・執筆するなど、すこしばかり関わってきた。そこで、TKWOをあまりご存じない方のために、中身をご紹介がてら、創設当初の余談を綴ってみたい。
東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)は、その名のとおり、宗教法人・立正佼成会が擁するプロ吹奏楽団である。
宗教団体が創設したのだから、当然ながら、宗教との縁がある。それは、あるひとりの会員(信者)から、はじまっている。元・陸軍軍楽隊(戸山学校)のクラリネット奏者、河野貢造(1909~1996)である。
河野は、陸軍戸山学校の卒業時、首席にあたる「銀時計」を授与された”優等生”であった。敗戦時は准尉だった。
敗戦後は、禁衛府(敗戦直後の短期間だけ存在した皇族警護組織)音楽隊やNHK、占領軍キャンプなどで演奏していたが、持病の肺結核が悪化。音楽どころではなくなった。
そこで河野は、そのころに大きくなりはじめていた宗教団体、立正交成会(当時の名称)に入会し、仏教(法華経)を信心するようになる。すると、持病が治ってしまった。
感激した河野は、教団内の楽器経験者を集め、陸軍時代の仲間にも加わってもらって、いまでいうサークル活動のような形で楽団を結成する。雑多な楽器を集めた即席楽団だったが、これが大好評で、引っ張りだことなった。
そのうち、また持病が再発。今度は長期の闘病生活になった。
そこへ、開祖・庭野日敬(1906~1999)が、お見舞いにきてくれた。またまた大感激した河野は、いっぺんに回復する。
二度までも命を救われた河野は、教団への感謝もかね、仏教精神を音楽で広めたいと考えるようになる。そのためには、今度は本格的な吹奏楽団を結成したい。しかし、病弱な自分ひとりでは、とてもできない。
そこで、陸軍時代の上司で中尉(副楽長級)だった、水島数雄に声をかけた。
当時、水島は、千葉方面でアマチュア吹奏楽の指導や連盟役員をやっていたほか、船橋ヘルスセンター少女音楽隊(詳述する紙幅がないが、本格的なコンサート・バンド)の指揮者もつとめていた。
河野の要請を受け入れた水島は、決意を固め、元陸軍軍楽隊のふたりで、「佼成吹奏楽団」の結成に奔走。1960(昭和35)年5月3日、正式発足する。
演奏全体は、楽長・水島数雄が指導。基本教育や運営面は河野があたることになった。
だが、教団内に呼びかけて集まったメンバーは、たった「15名」。しかも、楽器経験者は「1人」しかいなかった――。

▲創設当初(1964年)の地方公演の様子~『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』より
(C)東京佼成ウインドオーケストラ【禁転載】

▲地方公演。ホールのない土地では、映画館で開催した。~『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』より
(C)東京佼成ウインドオーケストラ【禁転載】
この創設から数年間の詳細な活動記録が、数十の段ボール函に詰められ、TKWO事務局の倉庫の奥に眠っていた。
それまで誰も触れたことがなかったのだが、「60年史」作成の資料を収集していた事務局スタッフが「もしや」と思って開けてみたら、”宝の山”だった。
わたしも、知らせを受けてすぐに飛んで行ったが、たしかに驚くべき資料だった。一瞬、どこかの吹奏楽部の”部活日誌”かと見紛う。実に細かく、連日の活動内容や、出席・欠席・遅刻者、来訪者などが書き込まれていた(毎朝8時半に集合し、午後4時過ぎまで、練習や楽典講座、楽器メンテナンスなどに徹している)。
それらの詳細は「60年史」の記述に譲るとして、わたしが意外だったのは、かなり早い時期から、教団外部での活動を本格的にこなしていることだった。もちろん、教団行事での演奏も大量にある。立正佼成会の宣伝や会員獲得の目的もあっただろう。だが、その一方で、地元(杉並)のイベントや、銀行の運動会、美術展での開会式などでの”外部演奏”もかなりの数だ。
また、地方公演に行くと、現地の教団支部がトラックや宿泊などで協力しているが、演奏会そのものは完全にオープンで、いわゆる”宗教色”は、まったく感じられない(団員自ら楽器運搬をおこない、ホールがない土地では、映画館で演奏した)。
終演後のアンケートも保存されていたが、用紙の最後に「会員/非会員」のどちらかに〇を付ける欄があり、「非会員」も多い。総括報告書などを見ても「非会員の聴衆が多かったことは、本来の目的に適っていてよかった」などと書かれている。
地方の公立中学校でも、さかんに演奏会(鑑賞教室)が開催されており、生徒たちの感想文が保存されていた。どれを読んでも、ナマの音楽に触れた喜びが素直に書かれていた。
つまりTKWOは、宗教団体によって創設されたが、少なくとも外部に対して宗教を強制しなかった。河野も、「無理に布教活動をせずとも、音楽の感動が自然と仏教精神につながる」と考えていたフシがある。
TKWOは、立正佼成会にまつわるオリジナル曲も、委嘱初演している。
たとえば、ロバート・ジェイガー作曲、交響曲第2番《三法印》(1976年初演、開祖・庭野日敬の古希記念)。
あるいは、アルフレッド・リード作曲《法華経からの3つの啓示》(1983年初演、庭野日敬の喜寿記念)や、《サリューテイションズ!》(1988年初演、立正佼成会創立50周年記念)など。
なかでも、上記《法華経からの3つの啓示》は、全3楽章の大曲だが、たいへんな名曲で、吹奏楽コンクールでも演奏されている。
これを聴くと、リードは「The Lotus Sutra」(法華経)から仏教特有のインスピレーションを感知したのかもしれないが、結局わたしたちの前に屹立しているのは”素晴らしい音楽”でしかないことに気づく。
わたしは不勉強につき、法華経でそのような精神がうたわれているのかどうか、まったく知らない。ただ、15人ではじまり、60年後のいま、世界最高レベルにまで育った吹奏楽団が、立正佼成会に存在したことは、たいへんな僥倖だったと思う。
それが、たったひとりの信者・河野貢造の熱意によってはじまったことも、いまとなっては僥倖どころか、奇跡だったような気もするのである。
『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』には、そんな奇跡も綴られている。
〈敬称略〉
■『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)は、全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。
◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
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