2021.07.14 (Wed)
第320回 オヤジでも楽しめた、オタク「音楽」映画2本

▲(左)『映画大好きポンポさん』、(右)『いとみち』
一見、オタク向けに見えながら、意外と大人の鑑賞にも耐えうる、しかも「音楽」を題材にした映画を2本観たので、簡単にご紹介を。
1本目は、アニメーション映画『映画大好きポンポさん』(平尾隆之監督)。
正直、このタイトルとヴィジュアルゆえ、還暦過ぎのオヤジが観に行くのは、ためらいがあった。だが、SNS上の評価が尋常ではない。オタク趣味を超えた高評価が相次いでいる。
公式サイトによると、映画製作の舞台裏を描くもので、物語中の映画のタイトルは『マイスター』(巨匠)だという。どうも「指揮者」の物語らしい。
そこで勇気をふるって、休日の午後、アニメ専門映画館「EJアニメシアター新宿」(旧・角川シネマ新宿)に足を踏み入れた(ガラ空きだった)。
舞台は映画の都ニャリウッド。若い女性プロデューサー、ジョエル・ダヴィドヴィチ・ポンポネット(愛称ポンポさん)は、映画作りに関して天才的な慧眼の持ち主である。
そのポンポさんに見込まれ、アシスタントのジーン・フィニ青年が新人監督としてデビューする。作品は『マイスター』。ある大指揮者(カラヤンを思わせる)がスランプに陥り、カムバックするまでの物語である。主演のマーティン・ブラックは、ニャカデミー賞6回受賞の名優だが、ここ10年ほどはスランプで仕事をしていない。
つまり、落ち目の伝説的名優のカムバックを、劇中の大指揮者のカムバックに重ね合わせて描く、キワモノ企画である。おとなしい映画マニアのジーン青年は、少々、内心忸怩たるものを覚えるが、ポンポさんは意に介さない。これこそが映画の醍醐味だと、自信たっぷりである。
この映画の面白さは、撮影終了後のポスト・プロダクション、特に編集作業に大きな比重を与えているところにある。てっきり、撮影中の役者やスタッフをめぐるトラブルがドラマになるかと思いきや(その種の場面もあるが)、そうではない。
数十時間におよんだ撮影素材(いまの時代なので、フィルムではなく、デジタル・データだが)のどこをカットし、どう組み合わせて、短い1本の映画にするか、そこに悩むジーン青年が描かれるのだ。
いままで、「編集」にスポットを当てた映画インサイドものなんて、なかったと思う。
その姿は、未来への不安や、過去のしがらみに悩む若者が、いかにしてそれらをふっきるかに重なり、観ているうちに、不思議な感動に襲われ、最後には元気が出てくる。
そろそろ劇場上映は終了かもしれないが、年齢を気にせず、シニアの方々にも、ぜひ観に行っていただきたい。ラストのジーン青年の決めセリフは、映画ファンならば「そのとおり!」と相槌を打ちたくなるだろう。
なお、劇中劇『マイスター』のオーケストラ演奏場面では、なかなか凝った曲が登場する。
1曲は、マーラーの交響曲第1番《巨人》の第4楽章〈嵐のように運動して〉(ミヒャエル・ハラース指揮、ポーランド国立放送交響楽団)。
もう1曲は、バッハ《マタイ受難曲》BWV244~№52:アリア〈わが頬の涙〉(ヘルムート・ミュラー=ブリュール指揮、マリアンネ・ベアーテ・シェラン:アルト独唱、ケルン室内管弦楽団)。
どちらもNaxosレーベルのレンタル音源だが、特に後者は、名トラックが山ほどあるなかから、〈わが頬の涙〉を選んだセンスに感心した(この劇中劇の場面にぴったりなのだ)。欲をいえば、〈おお、血と涙にまみれた御頭〉だったら最高だったのだが、これは「合唱」曲なので、アニメで多人数の合唱団を描くのは大変だっただろう。
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さて2本目は、実写映画『いとみち』(横浜聡子監督)。
正直、明らかにメイド喫茶の話と思われるポスター・ヴィジュアルゆえ、還暦過ぎのオヤジが観に行くのは、ためらいがあった。だが、SNS上の評価が尋常ではない。オタク趣味を超えた高評価が相次いでいる。
公式サイトによると、青森の引っ込み思案な女子高生の青春ストーリーらしい。ところがこの娘が、津軽三味線の名手で、劇中で実際に弾きまくるという。祖母役は津軽三味線奏者の西川洋子だ。あの高橋竹山の弟子ではないか(竹山のドキュメント映画『津軽のカマリ』にも登場していた)。
そこで、休日の午後、渋谷のミニシアター「ユーロスペース」に足を踏み入れた(この映画館はしょっちゅう行っているので、恥ずかしくも何ともない。しかも客席の半分ほどが、わたしと同年輩のシニア層だったので、安心した)。
青森県北津軽郡板柳町に住む女子高生・相馬いと(駒井蓮)は、若いわりにかなりクセの強い津軽弁が恥ずかしく、あまりひとと話せない、人見知りである。母親を早くに亡くし、大学教授の父(豊川悦司)と、祖母(西川洋子)の3人暮らしだ。津軽三味線を、亡母や祖母から習ってきた。県大会で入賞したこともある。
そんないとが、青森市の津軽メイド喫茶でバイトすることになる。最初は、来客への挨拶も「お、おんがえりなさんませ、ご、ごすずんさま」(お帰りなさいませ、ご主人様)とぎごちなかったのだが、個性的な仕事仲間と、意外と優しい(かつ健全な)常連客に囲まれ、次第に明るい性格を取り戻していく(この女優は実際に青森出身だが、これほど強いなまりではないらしい)。
全編が青森でロケされており(監督も青森出身)、岩木山や浅虫海岸、五能線、りんご農園など、美しい風景が次々と登場する。
東京人には意味不明な津軽弁も続出する。さすがに字幕はないが、まあまあ、その場の雰囲気で、意味は理解できる(プログラムには、標準語・訳注付きの採録シナリオが収録されている)。
ラスト、彼女は、この店で、津軽三味線ライヴを開催することになる。曲は《津軽あいや節》だ。ここが圧巻で、アマチュアにしては見事な実演が展開する。プログラムによれば、撮影前に1年間かけて、津軽三味線を習ったという。
余計な説明はないが、ひとりの女子高生が、過去のしがらみから抜け出し、新たな一歩を踏み出したことが、はっきりわかる名シーンだ(あれだけ弾けたのだから、エンド・クレジットの音楽も、彼女の津軽三味線にしてほしかった)。
方向性も内容もまったくちがうが、おなじく津軽の女性を、津軽三味線をモチーフにして描いた点で、『津軽じょんがら節』(江波杏子主演、斎藤耕一監督、1973)に次ぐ、“津軽映画”佳作の誕生のように感じた。
なお、ラストのライヴ・シーンのあと、余韻を排して一息で岩木山登山のシーンにつなげた、横浜聡子監督の「演出(編集)センス」にも脱帽した。
もしかしたら、ポンポさんに編集ワザを教わったのかもしれない。
〈敬称略〉
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