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2021.08.10 (Tue)

第324回 閉会式の『東京物語』

東京物語
▲昭和28年公開の『東京物語』


 五輪閉会式で少々驚いたのは、冒頭、日本国旗入場のバックに、映画『東京物語』(小津安二郎監督、昭和28年)のテーマ音楽(斎藤高順作曲)が流れたことだった。
 この映画は、広島・尾道に住む老夫婦が、東京で成功している(はずの)息子や娘たちを訪ねて、はるばる上京する話である。昭和28年当時、尾道から東京へ行くのは、いまでいえば海外旅行に行くようなものだった。
 だが、医者の長男も、パーマ屋の長女も、毎日の生活で精一杯、いまさら老いた両親の相手などしていられず、冷たくあしらう。
 老夫婦は淡々と尾道へもどり、母親は疲労のせいもあってか、急死する。
 要するにこの映画は、「あこがれの東京に裏切られる」話なのだ。
 それだけに、テーマ音楽も、どこか寂し気で、老夫婦を慰撫するようなムードがある。
 そんな音楽が、閉会式で、しかも国旗入場にあわせて流れたので、妙な違和感を覚えたのだ。

 その後、選手入場では、昭和39年の東京五輪入場行進曲《オリンピック・マーチ》(古関裕而作曲)が流れたが、「どこかちがう」ように感じたひとが多かったのでは。
 あそこで流れたのは、「管弦楽版」に編曲されたヴァージョンである。
 古関裕而は、あの曲を「吹奏楽」のために書いたのだ。当然、吹奏楽ならではのパワフルな響きは失われる(会場での生演奏ではなかったせいもあるかもしれない)。
 さらに、後段になると、同曲をサンバやポップス風に編曲した、「醜い」音楽に変貌していた。古関裕而も天上で苦笑していたのではないか。

 さらに、東京スカパラダイスオーケストラや、(おそらく収録映像の)東京都立片倉高校吹奏楽部が登場した(吹奏楽コンクール全国大会で金賞常連の強豪校)。

 五輪旗引継ぎのバックでは、ピチカート・ファイヴの《東京は夜の七時》が流れ、《東京音頭》で盆踊りとなった。

 これでおわかりだろう。
 あの閉会式は「東京」と名のつくものを、次々と並べていたのだ。
 同じようなことを何度も述べているが、開会式同様、どこか、ぶつ切りの出し物が次々とつづくような印象をもった方が多かったと思うが、その理由のひとつが上記のようなことだったと思う。

 これに対し、終盤で流れた、次回開催都市「パリ」の紹介映像は、あまりの素晴らしさに、別の意味であいた口がふさがらなかった。
 フランス国立管弦楽団(旧・フランス国立放送管弦楽団)による国歌《ラ・マルセイエーズ》は、パリ市内6か所での演奏が合成されていた。鍵盤打楽器は、なんとルーブル美術館の「サモトラケのニケ」像前での演奏である(ニケは、「翼の生えた勝利の女神」で、スポーツの守護神的なイメージがある)。
 冒頭のフルート奏者が演奏していたのは、「スタッド・ドゥ・フランス」の屋根。2024パリ五輪のメイン・スタジアムだ。セーヌ川河畔ではヴァイオリンが演奏していた。
 ラストでは、国際宇宙ステーションから、宇宙飛行士のサクソフォンによるリモート演奏参加があり、驚かされた(この飛行士は、フランスでは英雄的な存在らしい)。

 これで終わりかと思いきや、このあとがすごかった。
 BMX(バイシクルモトクロス)の女性選手が、パリ市内の名所=競技会場を走り回ったのだ。「グラン・パレ」(フェンシング、テコンドー会場)の屋根の上を疾走したのには驚いた。ほかもヴェルサイユ宮殿(馬術、近代五種会場)、コンコルド広場(新競技ブレイクダンス、スケートボード会場)など。最後にはエッフェル塔から、マクロン大統領が挨拶した。

 この映像の音楽が素晴らしくて、作曲したのはマルチ・アーティストのWOODKID(ヨアン・ルモワーヌ)、曲名は《プロローグ》。この日のために作曲された「序曲」だ。見事な映像と相俟って、なにかが胸に迫ってくる感じだった。
 エッフェル塔の周囲を飛んだアクロバット飛行による「三色旗」の飛行機雲も実に美しかった。天候のせいもあって中途半端に終わった日本の五輪雲とのちがいに、うらやましく感じた。

 これが、本来のオリンピックの気分だろう。
 たった8分間だったが、こんなスゴイ映像が閉会式で流れてしまい、恥ずかしくなった。開会式同様、「おとな」と「こども」の差を感じた。
 結局、東京五輪は、サブ・カルチャーの祭典だったと思う。
 多くのひとたち(特にシニア)が、「これが五輪種目?」「これ、スポーツなの?」と感じた競技があったはずだ。これもまた、一種のサブカルのように感じた。
 前回書いたように、オルテガが『大衆の反逆』で述べた「専門家」(オタク)が仕切ると、こうなるのだろう。
〈専門家は、世界の中の自分の一隅だけは実に良く「知っている」。しかしその他すべてに関して、完全に無知なのだ〉(岩波文庫版、佐々木孝訳)
 サブカルもけっこうだが、日本には、世界に誇れる「メイン・カルチャー」が山ほどある。そのことを逆説的に気づかせてくれただけでも、東京五輪は、強行開催された意味があったと思うしかない。

 そういえば『東京物語』では、たしかに老夫婦は「東京」に冷たくあしらわれる。ところが、ただひとり、戦死した次男の嫁(原節子)だけは温かく迎えてくれる。実子に嫌がられ、血縁のない嫁に助けられる皮肉。
 そんな音楽が流れたわけだが、まさか、今回の五輪を、コロナ禍の東京=実子、次回パリ=原節子にたとえたなんてことは……? 考えすぎか。しかし、なにしろ「専門家」による演出なので。
〈敬称略〉

□パリ紹介映像(前半) フランス国歌
□パリ紹介映像(後半) BMXによる競技会場紹介
□WOODKID作曲《プロローグ》完全版

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