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2021.08.26 (Thu)

第327回 名著とは、これ――『証言・昭和の俳句』増補新装版

昭和の俳句
▲『証言・昭和の俳句』増補新装版(聞き手・編者=黒田杏子、コールサック社刊)

 2002年刊、『証言・昭和の俳句』上下(角川選書)は、長いことロングセラーとして親しまれてきた。
 これは月刊「俳句」の連載をまとめたもので、戦中派の俳人13名に、一世代下の俳人・黒田杏子がロングインタビューした、聞き書き集だった。各人ごと、年譜と自選五十句も収録されていた。戦中の暮らしぶりや、俳壇の内情が微に入り細に入り語られていた。
 「新興俳句弾圧事件」「京大俳句」「日野草城『ミヤコホテル』」「角川源義」「桑原武夫の俳句第二芸術論」「小堺昭三『密告』」といったキイワードに少しでも感度のあるひとにとっては、まさに垂涎の一冊であった。

 あれから20年、この上下2冊が合本となり、一部内容を刷新してよみがえった。『証言・昭和の俳句 増補新装版』(聞き手・編著=黒田杏子/コールサック社刊)である。
 わたしも40年余、編集の世界に生きているが、ひさびさに「名著とは、これだ」と断言できる本に出会えたような気がする。簡単にご紹介しておきたい。

 登場する俳人は、桂信子、鈴木六林男、草間時彦、金子兜太、成田千空、古舘曹人、津田清子、古沢太穂、沢木欣一、佐藤鬼房、中村苑子、深見けん二、三橋敏雄の13人。
 黒田杏子は、今回の「増補新装版 あとがき」で、こう書いている。
〈この本の構図は一言で言えば、学徒出陣世代の俳人達に、六十年安保世代の黒田がじっくりと話を伺うというものでした〉
 連載当時、黒田は勤務先の博報堂を定年退職するころだったらしい。
 本文(インタビュー)分量に圧倒される。今回の増補新装版では、2段組で、1頁が1200字前後。1人あたり、30頁弱が費やされている(400字詰めで80~90枚前後)。金子兜太や鈴木六林男などの重要俳人は、さらに倍近い分量が費やされている(連載時、2回にわたっていた)。

 13人の証言内容をつぶさに紹介する紙幅はないが、じつは本書の真の主役は、増補版に寄稿した何人かも述べているように、西東三鬼(1900~1962)ではないかと思う。

  水枕ガバリと寒い海がある
  白馬を少女瀆れて下りにけむ
  おそるべき君等の乳房夏来る
  露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
  広島や卵食ふ時口ひらく


 俳句に縁のない方でも、どこかで読んだような気がするはずだ。この”アバンギャルド俳人”、もとの本業は歯科医だった。もちろん、連載時、三鬼はすでにこの世にいないのだが、インタビューでは、かなりの俳人が、彼について言及している。
 三鬼は〈戦後俳句を揺さぶった一種の怪人〉で、〈本書の14人目が西東三鬼なのではないかと思うほどだ。組織を作っては壊すということを繰り返し、最後まで俳壇の台風の眼であり続けた男だった。(略)そこには組織に頼らない強い作家意識があったとも思う〉(五十嵐秀彦=新装版への寄稿)。

 戦時中の「新興俳句弾圧事件」では、特に、西東三鬼も参加していた「京大俳句」がにらまれた。
 たとえば、三鬼の場合は〈昇降機しづかに雷の夜を昇る〉が「共産主義の盛り上がりを象徴的に描いている」として、特高に検挙された。三鬼自身は、「新大阪ホテルで雷雨の夜作った。気象の異変と機械の静粛との関係を詠いたかっただけ」と自句自解しているのだが。

 以下は、鈴木六林男の証言。
 三鬼すでに世になき1979年、小堺昭三による、ノンフィクション・ノベル『密告―昭和俳句弾圧事件』が出た。三鬼が特高のスパイだと描かれていた。あまりの衝撃に、未亡人はショックで倒れてしまう。
 六林男は、平畑静塔や三橋敏雄らとともに、小堺昭三と版元のダイヤモンド社を相手に、「三鬼の名誉回復裁判」(謝罪広告請求)を起こす(実際の原告は三鬼の次男)。

 裁判にはカネがかかる。
 すると、角川書店の月刊「俳句」が、臨時増刊『西東三鬼読本』を出してくれた。印税は、すべて弁護士費用にあてられた。そのほかの雑費は、鈴木六林男が負担した。弁護士は「死んだ人の裁判をやるのは初めてだ」と言いながら、真摯に対応してくれた。
 原告側は、次々と、三鬼の人柄や事績にかんする証言者を出す。
 ところが被告側は、証人がいない。被告側の資料を見た六林男は、
〈小堺氏の要請に応じて俳人の誰が資料を提供したかが、名前は言わないですが、ぼくにはわかります。平常から反三鬼の人が三人ぐらいすぐ浮かびます〉
 小堺昭三にガセネタを提供したらしき俳人の名も、具体的に挙げている。

 また、三鬼は、検挙2日前、山本健吉らと海水浴に行っていたという。
〈そんな仲ですから山本健吉さんにも証言を頼んだんですけど、あの人は文芸家協会会長でして、『会費をもらっている人の反対側にはなれない』と言って断ったですね。(略)それを聞いた藤田弁護士はものすごく憤慨して、『(略)何のために山本健吉は文学をやっているんだ』と言っていましたが(略)、その話を聞いた安東次男氏が、山本氏は京都にいるときに三鬼に家をこしらえてもらったというのにと、これも憤慨したようです〉
 このような、俳壇スキャンダルも、次々と、容赦なく登場する。
(ちなみに裁判は、原告側の全面勝訴)

 だが、わたしが本書を「名著」と断ずるのは、こういう点が理由ではない。
 聞き手・編者の黒田杏子は、連載にあたって〈準備期間を十分にとる〉〈証言の収録には時間をかける〉〈証言内容のチェック、ゲラ校正の時間を証言者に十分差し上げる〉など多くの条件を編集部に要求、すべて受け入れられている(「まえがき」より)。

 さらに、黒田の編集精神は、
〈収録の段階では対談形式をとっておりますが、どなたの場合も最終的には一人語り。これは私のアイディアであり希望でした。/博報堂で「広告」誌の編集長もつとめました私は、読者にとって読みやすいのは一人語りの形式であることを月給を頂く歳月の中で学んできていたのでした。/読者に読んでもらえなければ始まらない、読まれない企画は意味が無い、ということをたたき込まれてきました〉(前出「あとがき」より)
 というものだった。
〈私は証言者の全作品、資料の読み込みに打ち込むこと、前日から同じホテルに宿泊して、打ち合わせ、晩ごはんを共にさせていただき、翌朝から収録に入るという進め方を決めました。/いよいよその日、カメラマン、速記者、海野編集長と私、全員がかなり気合いの入った状態で、会議室に第一回の証言者桂信子先生をお迎えしました。先生の張りのある美しい上方ことばが全員を圧倒しました。/この日から、十三名の作家の方々のお話を聴くことに全力を挙げました。〉(まえがきより)

 いま、このような手間と姿勢でつくられる本が、どれだけあるだろうか。こんなに美しい日本語で、まえがきやあとがきを書く日本人が、どれだけいるだろうか。
 俳人たちの証言内容が、生々しくとも、まったく嫌悪感はない。それは、この編集精神のおかげだと思う。だから本書は「名著」だといいたいのである。

 ちなみに、証言者13人中、12人は、すでにこの世にいない。健在なのは、1922(大正11)年生まれの、深見けん二、ただひとりである。
  行き違ふ手提の中の供養菊 けん二

〈敬称略〉
※本書中、深見けん二の略年譜で生年が1913年とあるのは、1922年の誤記だと思います(初版)。

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