fc2ブログ
2023年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

2021.08.30 (Mon)

第328回 ”タリバン映画”『神に誓って』

神に誓って
▲パキスタン映画『神に誓って』国際版ポスター


 アフガニスタンで、タリバン政権が復活した。アメリカ軍の撤退開始後のことで、世界中が「だから言わんこっちゃない」と呆れた。当初は無血開城だったので、タリバンも変容したかと思われたが、やはり、自爆テロや爆弾攻撃が発生し、ふたたびアフガニスタンは血に染まっている。

 過去、タリバンを題材にした映画は、いくつかあった。
 少女が男装してタリバン少年キャンプで生き抜く『アフガン零年』(セルディ・バルマク監督、アフガニスタン=日本ほか合作、2003年)。
 タリバン政権崩壊後もつづく女性差別の下、ロンドン五輪女子ボクシング出場を目指す女性を追ったドキュメント『ボクシング・フォー・フリーダム』(ホアン・アントニオ・モレノほか監督、アフガニスタン=スペイン合作、2015年)。
 タリバンに逮捕された父を探しに、髪を切って男に化ける少女を描くアニメーション『ブレッドウィナー』(ノラ・トゥーミー監督、アイルランドほか合作、2017年)。
 どれも、人間性どころか女性であることも否定するタリバンの恐ろしさと、それに抵抗する姿を描いて感動的だった。

※『ブレッドウィナー』は、いまや世界を席巻しつつあるアイルランドのアニメ制作会社「カートゥーン・サルーン」の作品。

 だが、わたしが寡聞ながら観てきたタリバンにまつわる映画で、次に紹介する以上の作品は、ないと思う。
 いや、“タリバン映画”であるなしにかかわらず、ここ20年ほどの間に観た海外映画のなかで、何本かの指に入る衝撃を受けた作品。
 それが、パキスタン映画『神に誓って』(ショエーブ・マンスール監督、2007年)である。原題は『Khuda kay Liye』(お願いだから)、海外では『In The Name of God』のタイトルで公開された。製作国パキスタンのほかインドでも公開され、社会現象なみの大ヒットとなった傑作である。
     *****
 パキスタン北部の町に住む、仲のよい兄弟、兄マンスールと、弟サルマド。西洋のポップ・ミュージックを愛好し、デュオを組んでいた。やがて兄は正式に音楽を学ぶため、アメリカのシカゴへ留学する。
 ところが、弟は、ひょんなことから極端なイスラム原理主義に傾倒するようになり、西洋音楽を否定しはじめる。挙句、タリバンに加入し、アフガニスタンへ・・・。
 シカゴに行った兄は、充実した留学生活をおくっていた。アメリカ人のガールフレンドもできた。そこに「9・11」が発生。過激派の弟をもつマンスールはアルカイダとの関与を疑われ、FBIに拘束されてしまう。そして、悪名高いグアンタナモ収容所へおくられ、拷問にあう。

 この兄弟の物語と並行して、彼らの従妹でロンドン在住、パキスタン人女性、マリヤムのドラマが描かれる。
 女子大生のマリヤムには、結婚の約束をしたイギリス人青年の恋人もいる。だが、カフェを経営する父親は、実はバリバリのイスラム原理主義者。自分はかつてイギリス人女性と結婚していたのに、娘が西洋人と結婚することは絶対に許せない。
 すると、なんとこの父親は、パキスタンへ里帰り旅行に行くと見せかけて娘を連れだし、国境を越え、アフガニスタンのタリバン支配の村へ連行、拉致監禁してしまうのだ。それどころか、従弟の青年(上述兄弟の弟サルマド)と、強制結婚させる。何度か脱出を試みるマリヤムだが、うまくいかない。そのうち、無理やり妊娠させられ、女子を産む。
 やがて、マリヤムの安否を憂える周囲のひとたちが、イギリス政府を動かし、マリヤムは救出される――普通の映画だったら、ここで終わりだろう。イスラム社会と、西洋(キリスト教)社会との共存がいかに難しいか、十二分に描かれている。

 だが、この映画がすごいのはここからで、(この点が大ヒットした理由でもあり、わたしが推すポイントでもあるのだが)、救出されたマリヤムは、父親と夫(強制結婚させられた従弟)を告訴するのだ。それも、西洋ではなく、母国パキスタンの法廷に引きずり出すのである。男尊女卑のイスラム社会では考えられない行為である。
 ここは、ほとんど「宗教裁判」。今回の事態は「アラーの教え」どおりなのか、音楽はイスラム教にとって悪なのか。穏健派と原理派(弟サルマドをタリバンに引き入れた宗教家)が、すさまじい論争を展開する。
 いままでに法廷を舞台とした映画は数多くあったが、これほど異色、かつ迫力満点の裁判シーンはない。

 果たして、法廷はどのような裁きを与えるのか、マリヤムはタリバンから解放されるのか。FBIに拘束された兄マンスールは救出されるのか。
 自国にいれば過激な原理主義に取り込まれ、欧米では犯罪者あつかい。愛するひとと普通に結婚もできず、女性は父親の独断で人生を左右される。地球上で行き場のないムスリムの窮状を、この映画はエンタテインメントの形で見事に描き出している。出演俳優たちも美男美女ばかりで、見栄えも十分だ。

 劇中、シカゴの音楽学校に留学した兄マンスールが、実習発表で、母国の音楽をピアノで弾くシーンがある。聴きなれない音楽に戸惑うクラスメートたち。だが次第に、なにかを感じ始めて、一人二人と演奏に参加し、やがて教室中で大合奏になる。
 ここは(少々劇画風ではあるが)なかなか感動的で、忘れられない名場面である。
     *****
 というわけで、ぜひ多くの方々に観ていただきたい――といいたいのだが、残念ながら、そう簡単に観られる映画ではない。
 わたしは、渋谷のユーロスペースで毎年開催されている「イスラーム映画祭」や、国立映画アーカイブなどで2回観ているが、それ以外は、特別な上映会や映画祭でもないかぎり、まず、機会はない。

 わたしの記憶ちがいかもしれないが、上映可能なプリントは(オリジナル・ネガも?)もはや製作国にもどこにもなく、日本の「福岡市総合図書館フィルムアーカイヴ」所蔵の1本しかないような話を聞いたことがある(この映画は、「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」が初めて日本に紹介した)。
 わたしが観たのもそのプリントだと思うが、褪色がすすみ、かなり傷んでいた。以前にイスラーム映画祭で解説してくれた麻田豊氏(元東京外国語大学准教授、この映画の字幕監修)によれば、本来、もっと美しい色彩の映画だそうだ。

 海外版DVDはあるが、版権の関係で、劇場上映には使用できないという(合法的なアップロードなのか不明だが、このDVDは、全編をYOUTUBEで観ることができる=下記。もちろん日本語字幕も、英語字幕もないが)。
 欧米の製作・配給会社がかかわらない映画には、このような扱いを受けるケースが多い。

 わたしは、せいぜい数十本しか観ていないが、イスラム圏の映画の面白さ、深さを知ると、欧米のマーケティング戦略とマニュアルでつくられたような映画は、バカバカしくて観る気がなくなる。
 誰か、パキスタン映画『神に誓って』を、“救出”してくれないだろうか。

『神に誓って』予告編は、こちら
『神に誓って』全編映像、こちら(約2時間50分。字幕なし)
  ※非合法なアップロードだった場合、途中で閲覧不能になる可能性があります。
   本文で紹介した合奏の場面は54分過ぎから。

◆『東京佼成ウインドオーケストラ60年史』(定価:本体2,800円+税)発売中。ドキュメント部分を執筆しました。
 全国大型書店、ネット書店などのほか、TKWOのウェブサイトや、バンドパワー・ショップなどでも購入できます。
 限定出版につき、部数が限られているので、早めの購入をお薦めします。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

◆毎週(木)21時・たちかわ、毎週(土)23時・FMカオン、毎週(日)正午・調布FMにて、「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」パーソナリティをやってます。
 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

◆ミステリを中心とする面白本書評なら、西野智紀さんのブログを。 
 最近、書評サイト「HONZ」でもデビューしています。


スポンサーサイト



14:31  |  映画  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (現在非公開コメント投稿不可)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |