2015.12.12 (Sat)
第134回 文学座アトリエ公演『白鯨』

私は病的な『白鯨』フェチで、高校生の頃から、およそ普通に入手できる邦訳はすべて読んできた。
いまではトイレの中にも常備し、海外から子供向けのポップアップ絵本まで取り寄せて悦に入っている。
ロックウェル・ケントの挿絵をすべておさめた英語版が欲しくて(読めないのに)、海外ネット・オークションに参加したこともある。
それだけに、今回の文学座アトリエ公演には、早くから期待していた。
世界文学最高峰の一つ『白鯨』を、ロンドンの俳優・演出家であるセバスチャン・アーメストが劇化し、小田島恒志が翻訳、文学座が日本初演した(高橋正徳演出)。
このような巨大な作品を小演劇でやる以上、特定場面の抜粋や、作品の骨子みたいなものを、朗読劇風にたどるのだとばかり思っていたのだが、その予想は、見事に裏切られる。
なんと、ほぼ、原作通りに進行するのだ。
ここでいう「原作通り」とは、ストーリーだけではない。
メルヴィルの『白鯨』は実に不思議な小説で、古今東西の鯨にまつわる言辞で始まり、途中に鯨百科全書のような解説がえんえんと続き、突然、ミュージカル台本風になったりする。
まるでポストモダンの先駆けのような小説なのだ。
この芝居も、人物たちの言辞朗読で始まり、途中、スクリーンを使っての鯨学講義があり、さらにはみんなで歌うシーンもふんだんにある。
クィークェグも原作通り、半裸の全身刺青で登場する。
アーメストの目的は、人類史上もっとも巨大で奇妙な小説を、小劇場の空間で、「10人で完全再現する」ことにあったのだろうか?
ところが、解説(文学座通信)や、演出家・翻訳家らのアフター・トークによると、かなりの部分を、日本側で新たに作りこんだのだという。
たとえば、オリジナルの冒頭は、役者たちが芝居の準備をしながら「俺、この原作、読んだことないよ」とおしゃべりをしながら始まるらしい。
それを日本版では、原作通り、言辞朗読にしている。
また、オリジナルでは黒人少年ピップはカットされているのを、日本版では復活させ、かなり重要な役割にしたという(エイハブ&ピップを、明らかに、リア王&道化に見立てている)。
これによって、確かにメルヴィル小説の「完全再現」にはなったが、もしかしたら、アーメストが狙った世界とは、ちがうものになってしまったのではないだろうか(そもそもロンドン版は、8人で上演していたという)。
その点が気になって仕方なかった。
いったい、オリジナルは、どんな芝居だったのだろう。
そうはいっても、よくぞあれほどのスケール感が出たと思う。
床下にウーファーを埋め込み、さらに盆回しを設置したことで、アトリエでは体験したことのない音響とヴィジュアルが展開した。
ほんとうに、客席の床下に白鯨がいたような気になった。
演出ほか舞台スタッフたちに喝采を送りたい。
小林勝也(エイハブ)は、神と悪魔の双方に憑りつかれた男を演じるには、優しすぎの感があった。
石橋徹郎(スターバック)、鈴木亜希子(ピップ他)が、忘れがたい印象を残す。
(12月11日所見)
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