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2021.09.21 (Tue)

第332回 マリヤ・ユージナとスターリン(4)

ユージナ4写真
▲(左)映画『スターリンの葬送狂詩曲』DVD、
 (右)同サントラCD(クリストファー・ウィリス作曲)


 英仏合作映画『スターリンの葬送狂騒曲』は、2017年に公開された(日本は翌年公開)。監督のアーマンド・イアヌッチは、もともとコメディを得意とするひとらしい。
 映画は、原作のユーロマンガ(BD=バンドデシネ)を、ほぼそのままなぞっている。まるでマンガがそのままシナリオになったようだ(実際に、当初のマンガ原作台本を参照して脚本化したらしい)。
 政治スリラーでありながら、全編に漂うコメディの香りは、演出の妙もあるが、原作のマンガ精神を再現することに徹した成果だと思う。
 ただ、映画そのものはブラック・パロディとして面白くできているが、ユーロマンガの映像化であることを理解していないと、ひとによってはバカバカしく感じるかもしれない。

 ここでユージナを演じているのは、ウクライナ出身のオルガ・キュリレンコである。映画『007 慰めの報酬』(2008)でボンド・ガールに抜擢され、一躍、世界に名を売った女優だ。
 さすがに本物のユージナのようなアクの強さはないが、気の強いピアニストをなかなかうまく演じていた。創作とはいえ、“スターリンを死に追いやった女”を演じるとは、ご本人も夢にも思わなかっただろう。

 そのキュリレンコが演じたマリヤ・ユージナによる“モーツァルトのレコード事件”も、映画では、原作マンガどおりに描かれている。そのためか、口うるさい評論家に「史実に誤りがある」と指摘され、ロシアでは一部で上映禁止になる騒ぎとなった。
 あらためて述べるが、“モーツァルトのレコード事件”は1947年の出来事で、スターリン逝去は1953年である。このユーロマンガ/映画は、2つの出来事を、1953年のある一夜に起きたことにして、ユージナの書いた手紙が、スターリンの脳内出血を引き起こしたことになっている。

 いうまでもないが、これは、ユーロマンガ作者(フェビアン・ニュリ作、ティエリ・ロバン画)による確信的な改変である。
 これについては、原作本に、ソ連史の専門家、ジャン=ジャック・マリーが〈解説〉を寄せている。
〈二人の作家は、(略)時には時系列的に事件の前後をずらしたり、展開の段階を縮めたり、あるいは、ある事件の出来事を別の事件に置き換えて、実際に起きた事件よりもより真実らしく見せている〉(小学館集英社プロダクション刊の同名原作本より、大西愛子訳)

 ユージナの手紙についても、
〈マリア・ユーディナの手紙は実在した。しかし、スターリンがその手紙を受け取ったのは1953年2月28日の深夜のことではない。この手紙がスターリンの致命的な発作を起こさせたわけではない〉

 ほかにも、いくつかの“改変”が指摘されているのだが、ストーリー作者フェビアン・ニュリは、同原作本のインタビューで、こう答えている。
〈私が加えたものはごくわずかです。例えば、時系列的に、ある場面をずらすこともしました。具体的な例で言うと、この作品の冒頭のコンサートのシーン、作品中では2人になっていますが、実際には彼らは3人の指揮者を使ったんです。2人目は酔っ払っていて使い物にならなかったんです。でも、3人入れるにはページが足りなかった。また彼らは1枚のレコードを作るために工場を一つ開けたのですが、これもカットしました。コンサートについての残りの部分は真実です。ただ、コンサートが行われたのはあの夜ではなかった。あの夜に行われるようにしたのは私の選択です〉

 そして、解説者のジャン=ジャック・マリーは、こう述べている。
〈バンド・デシネのカリカチュアは、真実について、並べれば何キロメートルにも及ぶ資料や記事、あるいは外交レポート、政治形態に左右されやすい歴史家たちの著作よりも、より正確な印象を与える〉
 この、マンガならではのカリカチュア精神が、映画では、なかなか面白く生かされている。
 
 なお、この映画は、音楽が抜群の面白さなので、特筆しておきたい。
 わたしは、映画を観ている間中、随所に流れる音楽が、まちがいなく、ショスタコーヴィチやプロコフィエフなど、スターリン体制に翻弄させられたソ連時代の音楽だと、思い込んでいた。ただ、どうも聴きなれない曲ばかりだったので、サントラCDを取り寄せてみた。
 すると、すべてがイギリスの若い作曲家、クリストファー・ウィリス(1978~)によるオリジナル音楽だったことがわかり、びっくりした。初めて聞く名前だった。
 いったい、なにものなのか、調べてみると、ディズニー・チャンネルの番組で活躍しているひとで、劇場用映画の音楽はこれが初めてだという。イギリスの王立音楽院を経てケンブリッジ大学に学び、スカルラッティの研究で博士号を取得したらしい。

 さすがにこの映画の音楽は注目を浴びたようで、小さな賞をいくつか受賞しており、海外のサイトではインタビューも多く受けている。
 そのなかで、こんなことを言っていた。
〈わたしは、この映画の音楽を、実際に1950年代に書かれた音楽であるかのようにしたかったのです。あの時代には、スターリンと非常に興味深い関係を持っていたショスタコーヴィチ、そして、あまり知られていませんが、ミェチスワフ・ヴァインベルクがいました〉(映画情報サイト「The Credits」2018年3月6日付インタビューより)
 なんと、この映画の音楽の元ネタの一つは、ヴァインベルクだったのだ!
(この項、つづく/敬称略)

□映画『スターリンの葬送狂詩曲』公式サイトは、こちら(予告編あり)。

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