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2021.12.08 (Wed)

第339回 丸谷明夫先生の書評

俺の喉は
▲『俺の喉は一声千両 天才浪曲師・桃中軒雲右衛門』(岡本和明著、新潮社/2014年6月刊)

丸谷明夫先生の訃報記事(どんな方か、ご存じない方はこちらを)。
 ご冥福をお祈りします。


 丸谷明夫先生は、大の読書家だった。枕元に本を積んで、片っ端から読んでいた。
 「面白そうな本があったら、なんでもいいから教えてや」
 だから、わたしが関わった本は、必ず送っていた。するといつも、数日で読み終えて、感想を電話で伝えてくれた。その律義さ、速読ぶりには、いつも敬服していた。時には、逆に、ご自身で気に入った本を送ってきてくれることもあった。
 “感想電話”は、ほとんどは、数分だったが、あるとき、長々と30分以上も感想を述べてくれた本があった。
 それは、『俺の喉は一声千両 天才浪曲師・桃中軒雲右衛門』(岡本和明著、新潮社/2014年6月刊)
 「いや~、おもろい本やねえ。わたし、あまり詳しくないけど、ABCラジオの早朝番組『おはよう浪曲』なんかは、よく聴いてたわ」

 桃中軒雲右衛門とは、明治から大正にかけて活躍した、大浪曲師である。斯界では「浪聖」とまで称され、いまでも浪曲師たちは、「先生」と呼んでいる。
 そんな人物の生涯を、演芸評論家の曾孫が書いた評伝だが、丸谷先生は、えんえんと感想を述べるなか、たいへんうまく、本書のポイントを言い当ててくれた(後述)。
 この瞬間、丸谷先生がたいへんな「本読み」のプロであることを知った。

 さっそくそのことを、知己の産経新聞の文化部記者氏に話した。すると「面白いですねえ。吹奏楽の名物先生に、浪曲本の書評を書いてもらいましょう」となってしまった。
 恐る恐る丸谷先生にお願いの電話をすると、半ば迷惑そうな笑い声をあげて「まあ、おなじ誕生日のあなたのお願いやから、仕方ないわなあ」と、引き受けてくれた。
 実は大阪府立淀川工科高校吹奏楽部の創立日とわたしの誕生日は、年月日までおなじなのだ。つまりわたしは、淀工吹奏楽部とまったくの同年なのである。

 その書評は、2014年8月3日付で掲載された。
 ここで、先述のように、丸谷先生は、浪曲の出自や宿命について、ズバリ、述べている。
〈小さいころから寄席に通っていたので、落語を中心とした芸には、たいへん興味を持っていました。/ところが、浪曲はなぜか寄席では上演されておらず、実演で接する機会はあまりありませんでした。/なぜ浪曲が、ほかの芸能と一線を画されていたのか、以前からおぼろげながら抱いていた疑問を、著者・岡本和明氏が解き明かしてくれています〉

 実は浪曲(浪花節)は、貧民街で生まれ、差別されつづけてきた芸であった。それを桃中軒雲右衛門が磨き上げ、歌舞伎座公演、皇族御前演奏を成し遂げ、近代芸能にまで高めたのである。
 そのことを、丸谷先生は、ご自身の吹奏楽人生に重ね合わせて、こう綴っている。
〈私は大阪で50年間、高校生と「吹奏楽」に取り組んでいます。(略)/雲右衛門が、一つの演目を完成するまでの試行錯誤の苦しみ、その過程で垣間見える芸人魂、あくなき挑戦。そして波瀾万丈の人生の節目に見せる「人としての礼儀」には、まことに心を打たれました。/当たると思ったことは、当たらない。/いい人のまわりには、いい人が集まる。/雲右衛門の生涯は、そんな、当たり前のことを、気づかせてくれました〉

 その文章は、落ち着いた「型」を思わせた。
 丸谷先生の演奏もまさに「型」で、淀工がコンクールで決まった曲をローテーションで演奏するのにどこか通じていた。近年は《大阪俗謡》か《ダフクロ》と決まっていた。歌舞伎で年に何回も《勧進帳》《忠臣蔵》が出るのに似ていた。
 古典芸能は「型」の美しい再現に極まる。だがそのことを嗤うものがいると、先生は「だって、それしかでけへんのやから」とかわしていたが、必ずそのあと「でも、毎年見ている大人にすれば、また同じ曲やってると思うんやろが、子どもたちにとっては一生に一度のことなんやから」と付け足していた。その説明ぶりも一種の「型」で、堂に入っていた。

 報道によれば、丸谷先生の死因は膵頭部ガンだったという。わたしもガンを患った身なので、“ガン友”同士、話が合った(一時、真島俊夫さんも“ガン友”だった)。
 実は丸谷先生は、かつて「乳ガン」を患ったことがある。「男だって、乳ガンになるんでっせ。でも一応、男やから、死ぬときは、乳ガン以外のガンで死にたいわなあ」と笑っていた。
 いまごろ「いやあ、死因が乳ガンと発表されなくて、ホッとしたわ」と、あちらで安堵しているかもしれない。

□『俺の喉は一声千両 天才浪曲師・桃中軒雲右衛門』は絶版ですが、電子書籍あり。
□丸谷先生の書評は、いまでも全文をこちらで読めます。



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 パソコンやスマホで聴けます。 内容の詳細や聴き方は、上記「BandPower」で。

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