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2021.12.16 (Thu)

第340回 新刊紹介『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』

オーギーレン
▲(左から)新潮文庫版【A】、文春新書【B】、新刊絵本【C】、映画『スモーク』Blu-ray【D】
 ※詳細は本文で。


 ポール・オースターの短編小説『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』【C】が、瀟洒なミニ絵本となって刊行された(柴田元幸訳、タダジュン絵、スイッチ・パブリッシング)。正確には、今回で3回目の邦訳刊行である。
 1990年の原文初出以来、30年余の年月が流れたが、いまなお、他国で、こうして「新刊」として読まれ続けるとは、海外文学では珍しいことだと思う。

 本作は、多くのひとにとっては、ウェイン・ワン監督の映画『スモーク』(1995)【D】の原作として知られているはずだ。ニューヨークの古いタバコ雑貨店を舞台に、様々な人々が交錯する、ちょっと不思議な感覚のドラマだった。常連客の作家は、オースター自身がモデルのようだ(役名「ポール・ベンジャミン」は、オースターのむかしの筆名である)。

 本作の最初の邦訳は、『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(ポール・オースター著、柴田元幸他訳/新潮文庫、1995)【A】に収録された。これは、ポール・オースター自身が、原作や監督としてかかわった2本の映画――上記『スモーク』と、その外伝『ブルー・イン・ザ・フェイス』についてのメイキングやメモ、シナリオ、原作などで構成された、一種のファン・ブックだった。

 『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』邦訳は文庫版で13頁、400字詰め換算で23~24枚の掌編である。原文初出は、1990年12月25日付の「ニューヨーク・タイムズ」だった。
 その映画化『スモーク』【D】は、日米合作である。
 1991年、映画プロデューサーの井関惺が、来日中の映画監督ウェイン・ワンと会った。その際、ワン監督から、「ニューヨーク・タイムズ」の切り抜きを見せられた井関プロデューサーは、即座に映画化を決意する。もともとオースターと知り合いだったワン監督が、本人に脚本執筆を依頼、井関プロデューサーは、日米双方の出資元や配給会社などを探す。
 紆余曲折はあったようだが、映画は完成し、1995年10月、開館1年目の恵比寿ガーデンシネマで公開された。すると、最終的に175日間+モーニング上映56日間=計231日間のロングランとなった。総入場者数は約9万人、興収約1億5000万円、ミニシアターとしては異例の大ヒットである。
 2016年にはデジタル・リマスター版となり、同劇場で再公開され、ふたたびヒットしている(現在発売中のBlu-rayは、このヴァージョン)。

 初公開のとき、知己の映画ジャーナリストが「いい作品なんだけど、どういう映画かをひとことで言うのは実にむずかしい」と困っていたのを覚えている。たしかに文学者による脚本だけあって、独特な個性があった。もちろん、ハーヴェイ・カイテルとウィリアム・ハートほか、ベテラン俳優たちが名演を見せる(『グリース』で、34歳で高校生を演じていたストッカード・チャニングが、柳生十兵衛みたいな黒眼帯の隻眼で登場したのには驚いた)。

 もちろん、当時すでに日本でポール・オースターは人気作家だった。映画と同時に、上記のファン・ブックで「原作」を読んだひとも多かった。
 そして、誰もが驚いた。「この小説が、映画になると、ああなるのか」と、ユニークな作劇術に感嘆したのである。わたしもそのひとりだった。具体的に述べると愉しみが半減するので避けるが、強いていうと、短編小説をストレートに映画化したのではなく、素材のひとつにした、といったほうがいいだろう。
 オースターといえば、行方不明の人物を探したり、長年会っていない肉親と再会したりして、次第に自己を再発見する(あるいは自己が崩壊する)ような設定が多い。本作でも、そのテイストが十二分に盛り込まれている。

 2000年10月、小説『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』は、意外な形で、わたしたちの前に再登場した。『翻訳夜話』(村上春樹・柴田元幸著/文春新書、2000)【B】での収録である。
 これは、作家・村上春樹と、翻訳家・柴田元幸が、学生や若手翻訳家たちと、翻訳の魅力や難しさなどについて語り合った記録集である。ところが、このなかに、参考資料のような形で、『オーギー~』の、村上訳と柴田訳が、両方、収録されているのである。柴田訳は、上記ファン・ブックからの再録だが、村上訳は訳し下ろしである。いわば同一作品の「競訳」だ(英語原文も収録されている)。このような興趣溢れる企画が、新書でひっそりと実現していることが、なんとなく不思議だった。
 両者のちがいを、わたしのような素人が述べてもつまらないので、冒頭部だけ、ご紹介する。

村上春樹訳〈僕はこの話をオーギー・レンから聞いた。この話の中でオーギーの役まわりはあまりぱっとしたものではないので、というか少なくとも本人はそう思っているので、書くときには本名は伏せてもらいたいと彼に頼まれた。〉
柴田元幸訳〈私はこの話をオーギー・レンから聞いた。オーギーはこの話のなかで、あまりいい役を演じていない。少なくとも、オーギー本人にとって願ってもない役柄とは言いがたい。そんなわけでオーギーからは、俺の本名は出さないでくれよな、と頼まれている。〉
 
 「小説家」と「翻訳家」のちがいが伝わってくる、面白い企画だった。

 さらに今年、2021年10月、『オーギー~』は、ミニ絵本となって、3回目の邦訳刊行を果たす【C】。絵(銅版画)はタダジュン。素朴でどこか寂し気だけれど、優しさもある、味わいのある絵だ。
 邦訳は柴田元幸だが、正確にいうと、過去邦訳の流用ではなく、細かい箇所が改訂された新版である。たとえば、冒頭部、前掲個所の最後は、
〈そんなわけでオーギーからは、俺のほんとの名前は出さないでくれよな、と頼まれている。〉
 となっている。
 また、本作には、オーギーが、シェイクスピア『マクベス』の一節を暗唱する場面がある。

最初の訳〈「明日、また明日、また明日」と彼は呟くように言った。「時は小きざみな足取りで一日一日を歩む」。〉
今回の絵本訳〈「明日、また明日、また明日」と彼は呟くように言った。「時はじわじわと一日一日を進んでいく」。〉

 こういった細かい改訂を経て、おそらく今回が、柴田訳の決定稿なのだろうと思う。
 辛口のクリスマスをご希望の方は、ぜひ、これらポール・オースターの世界をお楽しみください。この小説と映画が、なぜこんなに長く愛されているのか、そして、なぜ新型コロナ禍の時代に新たに刊行されたのか、その理由がわかると思います。
〈敬称略〉

□映画製作・興行にまつわる記述は、映画サイト「シネマプラス」の、斉藤守彦氏の記事「映画『スモーク』を彩る人々」前後編を参考にしました。
【B】翻訳夜話は、こちら。
【C】新刊絵本『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』は、こちら。
【D】映画『スモーク』予告編は、こちら。
【D】映画『スモーク』Blu-rayは、こちら。

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