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2021.12.28 (Tue)

第341回 漫画紹介『ねこと私とドイッチュラント』

ねこと私とドイッチュラント
▲『ねこと私とドイッチュラント』既刊5巻(公式ページは文末に)

 昨今は、小説も映画も漫画も、殺伐とした設定が多い。家庭内暴力、性差別、異常性癖……もううんざりする――と感じている方に、この年末年始にお薦めしたい、癒される漫画がある。
 『ねこと私とドイッチュラント』(ながらりょうこ/小学館:少年サンデーコミックススペシャル)である。第1巻が2018年9月に刊行され、最近、第5巻が出た。
 ドイツ好き、海外好き、料理好き、おひとりさま暮らし好き、ペット好きな方には、特にたまらない漫画だと思う。

 実は、近年、ドイツ在住の日本人を描く漫画が多く、たとえば『ベルリンうわの空』シリーズ(香山哲/イースト・プレス)、『ダーリンは外国人』ベルリン編シリーズ(小栗左多里&トニー・ラズロ/KADOKAWA)、『思えば遠くにオブスクラ』(靴下ぬぎ子/秋田書店:A.L.C.・DX)などが挙がる。どれも体験記が基本のようだが、その癒し度において、本書『ねこと私と~』は群れを抜いている。

 これは、ベルリンで”物書き”生活を営む日本人女性「トーコちゃん」(著者自身がモデル)の日常を描いた、最近流行のコミック・エッセイだ。だが、ほかと一線を画しているのが、同居猫「むぎくん」の存在である。
 この猫は、当たり前のように二本足で立って歩き、言葉をしゃべり、簡単な料理もするし、買い物にも行く。そのことを、誰も不思議がらず、当たり前のように周囲に溶け込んでいる。

 人間と対等に生きている猫といえば、ますむらひろしの漫画「アタゴオル」シリーズのデブ猫ヒデヨシが有名だ。あるいは、ブルガーコフの小説『巨匠とマルガリータ』に登場する巨大な黒猫ベヘモートを思い出すかもしれない。
 ヒデヨシもベヘモートもクセが強すぎて、強烈なまでに自分流の生き方を貫いているが、このむぎくんは、そうではない。
 性格はなんとも控えめで、「ふちがカリカリした食べ物」が好物、トーコちゃんのつくるおいしい料理を分けてもらい、一緒にお散歩をし、楽しく過ごせれば、それで十分なのだ。
 自ら「トーコちゃん、いっつも優しくてありがとう。むぎくんはねこだし…何も出来ないけど、トーコちゃん大好き」などと、泣かせどころを見事に心得たセリフを吐く。だが、それが、決して芝居やうわべではなく、心底からそう思っている様子が、品のある可愛らしい絵柄から伝わってくる。

 わたしは、この著者についてどういうひとなのか、何も知らないのだが、そのていねいで正確な絵柄から、そうとうなデッサン力の持ち主であることが、はっきりわかる。最近はヘタウマ系だの、ゆる系だの、なんともフニャフニャした漫画が多いのだが、本書は、まったくちがう。キチンとした絵で、隅々まできっちりと描かれており、派手な裁ち切りコマも、ほとんどない。ぜひNHK-Eテレ「浦沢直樹の漫勉」に登場してほしい。

 一話数頁の短編連作スタイルだが、特にストーリーらしきものはない。トーコちゃんとむぎくんの、穏やかな生活が、料理や町の描写を中心に淡々と描かれる。
 ドイツは、エコ生活および自然保護先進国で、食材や持ち帰り飲料などに、リサイクルの瓶やカップが使われている。あとで返却すると、その代金が返金される(日本も、むかしは酒屋にもどして返金してもらっていた)。カップなどは、購入した店でなく、特定マークを掲げた店なら、どこでも返却・返金できるという。ペットボトルなども、専用の回収機があって、返金されるシステムだ。

 こういった日常生活のあれこれを描きながら、漫画ならではの展開もある。おなじアパートに、実は日本人の、おなじおひとりさま女性が住んでいることがわかって親しくなる。さらに第3巻になると、トーコちゃんの姉・せいちゃんもやってきて、にぎやかになり、トーコちゃんとむぎくんの生活範囲も広がってゆく。

 もうひとつ、本書の魅力は、その造本にある。
 まず、印刷が通常の黒インクではない。やさしい茶系インクで、頁全体がほのぼのとしている。
 さらに、ドイツのエコ生活に習ったのか、表紙の用紙もボール紙のようだし、カバーに至ってはコミックに欠かせないPP貼り加工(ビニールがけ)がない。
 かくして本書は、手に取ると、どこか懐かしい、むかしの本のような感じがする。
 よって、もし読まれる際は、第1巻だけでもいいので、電子書籍ではなく、紙で購入し、手触りや温かい印刷を直接に楽しんでいただきたい(電子書籍版は、茶系ではなく、通常の黒色で表示される)。
 この年末年始にピッタリだと思います。

『ねこと私とドイッチュラント』公式ページは、こちら。「試し読み」ができます。
『ベルリンうわの空』は、こちら。
『ダーリンは外国人』ベルリン編は、こちら。
『思えば遠くにオブスクラ』は、こちら。

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来年1月9日のコンサートにまつわるコラムです。
第4回完結まで来ました。お時間あれば、お読みください。こちらです。 


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