2022.01.13 (Thu)
第343回 シニアの居場所

▲(左)岩波ホールで近日上映、(右)『演劇界』2月号
岩波ホールが7月で閉館するという。
あまりの衝撃的なニュースに、しばらく呆然となった。
わたしは、岩波ホールが映画専門館になった1974年から通っている(開館は1968年で、当初は講演会などの多目的ホールだった)。映画第1弾、サタジット・レイ監督の『大地の歌』を観たのは、高校生のときだった。
その後、大学時代は、校舎がすぐそばだったので、特によく通った。ここは、どんなに不入りの映画でも最低1か月は上映する(ヒットすると、何カ月もロングラン上映してくれた)。わたしは、おそらく、ここで上映された映画の3分の2近くを観てきたと思う。
近年は、学生や卒業した教え子たちと行くことが多かった。2019年5月~7月に上映された『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』にもみんなで行ったが、これは空前の大ヒットで、連日満席、ロビーは半ばパニック状態だった。
このとき、まだまだ岩波ホールは大丈夫と思った。だが、あれからわずか2年余で、こんな日が来るとは、夢にも思わなかった。
コロナ禍となった2020年には4か月近く休館した。その後、再開しても客足は伸びず、客層の大半を占めていたシニアが急激に減った。そのまま、ついに完全閉館が決まった。
岩波ホールについては、後に、十分な紙幅を割いて思い出を綴りたいと思う。
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そのニュースが流れた1月11日午後、もう一件、わたしにとって衝撃的なニュースが配信された。
歌舞伎専門誌、月刊『演劇界』の休刊である。
ルーツは1907(明治40)年創刊の『演藝画報』で、『演劇界』として新創刊したのは1943(昭和18)年だった。版元名は何度か変わったが、「演劇出版社」名の時代が長かった。
1980年代に、十七世中村勘三郎の写真が裏焼きで掲載されてしまったことがある。当時すでにわたしも出版界にいたので、明日は我が身かと、他人事に思えなかった(案の定、数年後に派手なミスをやって絶版回収騒ぎを起こしてしまった)。
このとき、怒った中村屋が弁護士を通じて全冊回収を要求(裏焼きだと、着物が左前で、死装束となる)、以後、自分の写真は『演劇界』には掲載させないと宣言した(たしか、この騒動の直後、編集長が心不全で逝去した)。毎月、気軽に読んでいた雑誌だったが、神経を要する編集作業だったであろうことが想像され、身の引き締まる思いがした。
その後、演劇出版社は小学館の傘下に入り、判型も大判となり、事実上、小学館から発行されるようになった。
コロナ禍となって歌舞伎界も休演がつづいた。再開しても全席販売には慎重で、そのうえ、常連シニア客が来なくなった。平日昼間など、2階席に数人しかいないこともあった。歌舞伎がシニアに支えられてきたことが、あらためて鮮明となった。
歌舞伎を観るひとがいないのだから、その専門誌も読まれなくなって当然かもしれない。それでも、休演中の2020年、『演劇界』は6・7月合併号で、100人余の歌舞伎俳優の思いと写真を掲載する大特集を組んだところ、なんと完売・増刷の事態となった。
このとき、まだまだ『演劇界』は大丈夫と、誰もが思った。だが、あれからわずか2年余で、こんな日が来るとは、夢にも思わなかった。
まったく無関係なのだから、言っても詮無いのだが、松竹でなんとかしてあげられなかったのかと、つい言いたくなってしまった。
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昨年9月、東急沿線で展開していた大手カルチャー・スクール「東急セミナーbe」が、全教室、営業終了した。朝日カルチャーセンターなども、昨年3月で札幌教室を閉校した。
カルチャー・スクールは、どこもシニアが客層の中心である。そのシニア層が来なくなり、いまや“カルチャー・スクール冬の時代”なのだ。仕方なく、多くの講座がオンラインに移行しているが、当然ながらシニアには、馴染みのあるシステムではない。
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昨年末の紅白歌合戦が史上最低視聴率を更新した。その理由のひとつに、シニア層を置き去りにした(演歌系を大幅カットした)ことがあると思う。現に、対抗番組「年忘れにっぽんの歌」(テレビ東京)は視聴率を伸ばしている。
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日本は、まだまだシニアが支えている。
そのシニアが、コロナ禍で、岩波ホールにも、歌舞伎にも、カルチャー教室へも行けなくなった。
飲食店を襲ったコロナ禍の次のターゲットは、「シニアの居場所」となった。どこも気軽に教養に接することができる場所だった。それらが、いっせいに消えようとしている。日本人は、ますますバカになるだろう。
そして、日本は、この「シニア」とどう向き合っていくのか、いままで以上に真剣に考えないと、ひどい目にあうだろう。映画館も歌舞伎座もカルチャー教室も、そこで働いて給料をもらっているのは、若年層なのだから。
〈敬称略〉
□岩波ホールHPは、こちら。
□『演劇界』HPは、こちら。
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◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
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