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2022.01.25 (Tue)

第344回 映画紹介『Coda あいのうた』

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▲映画『Coda あいのうた』(公式サイトは文末に)

 とてもいい「音楽映画」が公開されているので、大急ぎでご紹介します。

 それは映画『Coda あいのうた』(シアン・ヘダー監督/2021/アメリカ)
 昨年のサンダンス映画祭(独立系映画のコンペ)で、グランプリを含む史上最多の4冠を受賞。配給権の争奪戦となり、史上最高額の26億円で落札したとの話題の作品である。

 マサチューセッツの港町で漁業を営むロッシ家は4人家族だが、父・母・兄の3人が耳が聞こえない聾唖者である。娘で唯一の健聴者ルビーは高校生だが、幼いころから手話を身につけ、家族の通訳としてがんばってきた。
 父と兄は、毎朝3時に起きて漁に出る。
 聾唖者だけの漁船操業は違法のようで、毎朝、ルビーが同乗して漁を手伝ってから学校へ行く。よって授業中は居眠りばかりだが、この家族はたいへん仲が良い。
 しかも父母とも野性的というか派手な性格で、手話でスラングを連発し、アチラ方面もまだまだお盛んだ(母はミスコン出身の美魔女)。兄は暇さえあればスマホで出会い系サイトを見ており、登録女子を母が批評したりしている。
 上映開始後かなり早い段階で、聾唖者は静かに生きているものだとの安易な先入観は、見事に打ち砕かれる。

 あるとき、ルビーは合唱のクラスに参加した。
 指導者は、なかなかユニークな熱血先生だ(指導法が面白い。腹式呼吸を教えるシーンなど、抱腹絶倒だが説得力がある)。
 その熱血先生が、ルビーにはたいへんな歌唱力があることを見抜く。そして(自分の母校でもある)名門バークレー音楽院に特待生枠があるので、受験するよう勧める。
 ルビーもその気になり、特別レッスンに通うのだが、そのころ、父と兄は、搾取が多い漁業組合を離脱し、直販事業の会社を設立していた。だが、聾唖者による新規事業だけに、運営は容易ではない。外界との唯一のパイプ役であるルビーの役割は、さらに重くなる。

 バークレー音楽院に入ったら、当然、家を出て寮生活だ。ロッシ家に「通訳」はいなくなる。新規事業を始めたばかりの一家にとって、ルビーの不在は考えられない。
 そもそも、いくら「歌がうまい」といわれても、みんな耳が聞こえないのだから、彼女の歌唱力など、わかりようがない。しかも、あるとき、ルビー不在で操業したところ、運悪く沿岸警備隊に摘発されてしまう。
 自分の将来をとるか、家族をとるか。ルビーは追い詰められる。
 ここからの後半部が映画の見所なので、これ以上記さないが、家族がルビーの歌唱力を初めて認識するシーンは、なかなかの名場面だ。涙腺の緩い方は、ハンカチを用意したほうがいい(「手話で歌詞を伝えるのだろう」と早合点してはいけない。そんな単純な演出ではない)。

 普段からルビーが聴いている曲や、合唱クラスで歌う曲など、ほとんどが1970年代のヒット・ポップスで、この時代の音楽が好きな方には、たまらない選曲である(サウンドトラックCDには、全18曲が収録されている)。
 最近、アーカイブ音源のリリースがつづいているジョニ・ミッチェルの名曲《青春の光と影》には、泣かされるだろう。
 デヴィッド・ボウイの《スターマン》を歌うシーンでは、思わず笑ってしまう。

 本作は、2015年のフランス映画『エール!』のリメイクである。 
 オリジナルは酪農家一家で、父・母・姉・弟だった設定を一部変えてあるが、もともとしっかりした脚本なので、リメイクされてもまったく面白さは衰えていない。

 わたしは、20年近く前に、熊本県立盲学校アンサンブル部の活動を取材したことがある。視覚障害をもつ若者8人が、全日本アンサンブル・コンテストに出場し、県大会、九州支部大会を勝ち抜け、ついに全国大会で金賞を獲得するまでの過程を、指導者の冨田篤さんに綴ってもらった(『息を聴け 熊本盲学校アンサンブルの挑戦』新潮社、2007年刊)。
 そのとき、視覚障害が、音楽を奏でるうえで有利ではないことは確かだが、最後まで障害でありつづけるものではないことを知った。
 だが、聴覚障害となると、音を聴くことができないのだから、どうにもならないだろうと思っていた。ベートーヴェンやスメタナのような、耳が聞こえない大作曲家は、特別なのだと。
 しかし、本作を観て、そうでもないらしいことが感じられた。
 古臭い言い回しだが、やはり「家族の愛」は、すべてを凌駕するのだなあと、あらためて思わされる、そんないい映画だった。

 ちなみにタイトルの「Coda」とは、「Children of Deaf Adults」(聴覚障害の両親の子)の略だという。恥ずかしながら、そのような言葉があることを、わたしは初めて知った。
 もちろん「Coda」は音楽用語でもあり、「終結部」を意味する。
 本作の終結部も、まことに見事である。

□映画『Codaあいのうた』公式サイト(予告編あり)は、こちら
□冨田篤『息を聴け』は、こちら(絶版につき、中古)。

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