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2022.03.09 (Wed)

第348回 7年目の「イスラーム映画祭」

イスラーム映画祭7
▲本年のイスラーム映画祭(ウェブサイトは文末に)

 今年で7回目になる「イスラーム映画祭」が、2月19~25日、東京・渋谷のユーロスペースで開催された。これは、その名のとおり、イスラム文化圏で製作された映画、あるいはイスラム文化を題材にした映画の特集上映だ。
 なにぶん、1週間で(アンコール上映も含めて)10数本の作品が上映されるので、とてもすべてを観ることはできない。それでも、わたしは、第1回からいままで、半分強の作品を観てきた。

 とにかく、どの映画も、抜群に「面白い」。恋愛、メロドラマ、不倫、コメディ、テロ、戦争、宗教対立、旅、家族、子ども、スポーツ、同性愛……あらゆる題材の映画が並ぶ。イスラム世界に、これほど豊かな映画文化があることに、驚かされる。マイ・カーでドライヴしながらえんえん話すとか、万引きで家族を養うとか、昨今の日本映画に慣れていると、脳天をぶち抜かれるだろう。

 しかもこれは、映画ファンの藤本高之さん個人が、「ひとり」で主宰しているイベントである(驚嘆すべきことなのだが、ここに触れると長くなるので割愛。ネット上にインタビューや紹介記事が山ほどある)。よくこれだけの作品を、個人で探し出し、交渉し、素材を輸入し、字幕を付けて上映するものだと、感動する。

 これからほかの都市での開催もあるし、来年以降のアンコール上映もあるかもしれないので、わたしがこの7年間で観てきたなかから、忘れられない作品をご紹介しておく。今後、機会があれば、万難を排して観ていただきたい、どれも素晴らしい映画である。

◆長い夜(イスマエル・フェルーキ監督、2004、モロッコ他) 【予告編】
 南仏プロヴァンスに住むモロッコからの移民一家。敬虔なイスラム教徒の父が、メッカへの巡礼に、自家用車で行くといいだし、運転手として、次男が強引に駆り出される。フランスで生まれ、イスラム教など関心のない現代っ子だ。恋人にも会えなくなり、文句たらたらである。道中はケンカとトラブルの連続だ。だが、そのたびに、父は、イスラム教徒ならではの生真面目さと、流暢なアラビア語で、見事に乗り越えてゆく。次第に、父に対する印象が変わっていく息子。
 クライマックスは、史上初めて撮影が許可された、メッカの神殿、大巡礼のドキュメント映像。圧巻どころか、これは映画史に残る壮大な名シーンだ。ここだけでも、観る価値がある。イスラム教の巨大さに、圧倒されるだろう。
 本作はメッカ巡礼の話だが、どこの国にもある世代間格差の普遍的な物語にしているところが見事だ。プロヴァンスからイタリア、中欧、トルコ、シリア、ヨルダン、サウジと移り変わる風景も実に美しい。ロード・ムービーの傑作である。

◆アブ、アダムの息子(サリーム・アフマド監督、2011、インド) 【予告編】
 これまたメッカ巡礼が題材だが、おもむきはまったくちがう。
 インドはヒンズー教の国で、ここからイスラム教徒が独立して隣にパキスタン・イスラム共和国をつくった。ゆえに、この2国(2宗教)は常に対立している……これが凡俗のわたしが抱くイメージだった。
 ところが実際は、すべてがそうではないらしい。インド南部ケーララ州の小村に、イスラム教徒の老夫婦が住んでいる。老夫が行商で生計を立てており、貧しいが、真摯な暮らしぶりだ。周囲のヒンズーとも仲が良く、かえって慕われているほどである。まずここからして意外な設定で、ちょっと驚く。
 この老夫婦が、一生に一度の大計画「メッカ巡礼」を決意する。そのために、懸命に貯金をしてきた。旅行代理店や近所のひとたちも(当然、ヒンズーである)、熱心に協力してくれる。ところが、どうしても旅費が足りなくなり……。
 わたしは、後半、「なんとか2人をメッカへ行かせてあげて」と、涙をこらえながら観た。
 宗教がちがっても共存できることの素晴らしさを、見事に描いている。映画大国インドの、幅の広さを感じさせる作品。

◆ラヤルの三千夜(メイ・マスリ監督、2015、パレスチナ他) 【予告編】
 ヨルダン川西岸地区で働くパレスチナ人の女性教師ラヤルは、虚偽情報で逮捕され、懲役3,000日の刑で、イスラエルの刑務所に収監される(これは国際法違反らしい)。そこは、イスラエル人の女性受刑者や看守が、パレスチナ人に日常的に暴力をふるう「地獄」だった。実はラヤルは妊娠していたのだが、意を決して獄中で出産する。刑務所のなかで生まれ、育つ息子に、ラヤルは鉄格子の外に「自由」があることを教える……。
 ユダヤ人とアラブ人が対立する映画は山ほどあるが、この「イスラエルの刑務所内で出産したパレスチナ人女性」の設定は実話なのだという。監督は女性だが、パレスチナ人の置かれた環境を、刑務所の閉鎖空間で表現したアイディアが秀逸。無理に政治的メッセージをうたわず、ドキドキハラハラの抗争映画にしているところも潔い。

◆花嫁と角砂糖(レザ・ミルキャリミ監督、2011、イラン) 【予告編】
 全7回のなかでも、特にわたしの好きな作品。たしかアンコールも含めて3回上映されている人気作品(わたしも3回観ている)。
 イランの古都ヤズドの、女系大家族。5人姉妹の末っ子パサンドの婚約式の準備が進んでいる(彼女はこの結婚にあまり乗り気ではないようだが、花嫁の意思は尊重されない)。しかも花婿は外国におり、リモート参加である。姉たちの亭主や子どもたちもやってきて、大きな邸宅内はたいへんな騒ぎだ。台所風景、大きな食器、色彩豊かな食事、美しい衣裳、ランプの炎、お祝いの飾り……すべてがあまりに美しい。これがペルシャ伝統文化かと、ため息が出る。女性たちのやかましいおしゃべりシーンも実に楽しい。日本の「昭和」にそっくりだ。
 この結婚に反対していた、亡き父親がわりの大伯父は、ただひとり、不機嫌そうに角砂糖の大きな塊を砕いている(これを口に含んで溶かしながらお茶を飲む)。ところが、この角砂糖がきっかけで、ある悲劇が発生し、婚約式は葬式にかわってしまう……。ラストでパサンドが口にする、ある決意は胸を打つ。
 これだけたくさんの人物が、始終出たり入ったりしているのに、まったく混乱せず、キチンと描かれる。悲劇と喜劇が交錯するバランス感覚も見事。素晴らしい脚本と編集で、イラン映画のレベルの高さがわかる。ミルキャリミ監督は、小津安二郎と黒澤明に心酔しており、両者の墓参りまでしているという。そういえば、この映画の末娘パサンドには、どこか、原節子の面影がある。

◆ある歌い女の思い出(ムフィーダ・トゥラーリ監督、1994、チュニジア他) 【予告編】
 もう30年近く前の映画だが、チュニジア初の女性監督による作品で、カンヌ映画祭で新人特別賞を受賞した名作。日本では過去に一般公開されていたらしいが、わたしは、今年、初鑑賞した。
 1950年代、チュニジアの王政が廃止される最後の日々を、王宮内の女中たちの姿を通して描く。当初、彼女たちは気楽に楽しく働いているように見えるのだが、次第に、そうではないことがわかる。イスラム社会特有の男尊女卑が、ここにも根付いている。
 内容は、王宮専属ダンサーの娘(王宮内で生まれた。父親は実は……)の成長物語でもある。彼女は、やがて音楽の才能に目覚め、歌手となる。王族のために、母は踊り、娘はうたう。だが、最後に娘が王族の前でうたった曲は……。
 本作で14歳でデビューしたヘンド・サブリは、いまや、アラブ圏を代表する大女優だ。今年の「イスラーム映画祭7」では、彼女が40歳で主演した『ヌーラは光を追う』(2019)も上映された。おなじ女優が25年後も、イスラム社会で苦しむ女性を演じている。この2本を並べて上映するところが、本映画祭の企画力だと思う。
 
◆神に誓って(ショエーブ・マンスール監督、2007、パキスタン) 【予告編】
 これは本コラムの第328回 「”タリバン映画”『神に誓って』」で詳述したので、そちらをお読みください。過去7回のイスラーム映画祭でわたしが観た範囲内で、圧倒的に第1位の作品である。

 そのほか……戦場に行った恋人のために好きだった曲をラジオで放送させようとする『ラジオのリクエスト』(2003、シリア)、戦死した若者の遺体に割礼の痕跡がなかったために(キリスト教徒と入れ替わった?)騒動となる村を描く『遺灰の顔』(2014、イラク他)、目以外の全身を完全に覆うニカブを強制され、次第に社会から疎外される女性の苦悩『カリファーの決断』(2011、インドネシア)、第三夫人と離婚したものの、やっぱり恋しくなって四苦八苦するオッサンのコメディ『女房の夫を探して』(1993、モロッコ)など、枚挙に暇がない。

 複数の映画で、アラブの歌姫と呼ばれたエジプトの大歌手、ウンム・クルスーム(1904~1975)の曲や話題が登場し、いかにすごい存在であるかも、わたしはこの映画祭で知った。
 来年以降も、ぜひお薦めしたい映画祭である。

□イスラーム映画祭:ウェブサイトはこちら


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