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2016.02.26 (Fri)

第154回 新刊『日本名作シナリオ選』上下

無題
▲『日本名作シナリオ選』上下(日本シナリオ作家協会

 もう40年以上前の話になるが、私が通っていた高校の図書室に『日本シナリオ大系』(シナリオ作家協会編纂/映人社刊)全6巻がそろっていた。
 弁当箱より分厚い巨大な函入りの全集で、映画女優第1号・花柳はるみ主演、水澤武彦『生の輝き』(大正7年)から、笠原和夫『二百三高地』(昭和55年)まで、127編のシナリオが収録されていた。

 普通科高校に、なぜ、あんなマニアックな全集があったのか、いまでも不思議なのだが、とにかく私は高校3年間で、この全6巻を何度も借りて貪るように読んだ。
(貸し出しカードに私の名前ばかりがあるのを見つけて、映画好きな女子部の生徒が会いにきたことがある。まるで『耳をすませば』のようだが、あんなロマンチックなことには、なりゃしなかった)

 特に感動したシナリオは、第3巻収録の、関沢新一『モスラ』(昭和36年公開)だった。
mos_poster.jpg

 たとえば 冒頭の台風のシーン。

【5】第二玄洋丸・操舵室
 羅針盤につかまり前方を見ている船長と並木航海士。
 前面ガラスに砕ける波、波!
 ウーウーと警音!
 非常火災灯の赤ランプが激しく明滅!
 無電室である。
 スピーカーより無電技師本間の絶叫!
船長「無電室どうしたア!!」
本間の声「船長ッ、無電室火災」
船長「何ッ! この台風の中で無電がきかなくなったらどうする。補助発信機はどうした」


 全編がこの調子で、まるで劇画をそのまま文字化したようである。
 すごい迫力だ。
 こんな面白い読み物があったのかと驚いた。
 しかも、映画だと106分かかるが、シナリオだったら、30分くらいで読める。

 さらに驚いたのは、クライマックスが、映画本編と、まったくちがっていた点だ。
 本編では、悪の一味が、小美人を拉致してロリシカ国(アメリカ)へ逃げる。
 モスラも、小美人を求めてロリシカへ飛び、大災害を引き起こす。
 だが、主人公の新聞記者たちの活躍により小美人は奪還され、モスラと一緒にインファント島へ帰っていく。
 
 これが、シナリオでは、まったくちがっていた。

 悪の一味は、小美人を拉致して、セスナに乗って九州の霧島山脈へ飛ぶのである。
 ところが途中でセスナが故障、不時着し、洞窟へ逃げ込む。
 だが、主人公の新聞記者たちによって追い詰められ、小美人は奪還される。
 小美人は感謝を述べ、山頂で「モスラの歌」をうたう(歌はテレパシーである)。
 そのころ、東京タワーにとりついたモスラの幼虫は、ふ化して美しい成虫に!
 成虫モスラは小美人のテレパシーを感知し、霧島山脈へ!
 山頂で感動の再会を果たす、モスラと小美人!
 大きくはばたいて、山頂から飛び立つ!
 その際、山頂近辺を逃げていた悪の一味は、モスラが巻き起こす突風により、がけ崩れを起こして断崖から落ちていく……。

 問題は、ここからである。
 本編では、モスラが戻ったインファント島の平和な全景(昼間)で終わるのだが、シナリオ段階では、その先があったのだ。

【230】インファント島全景(夜)
 盛り上がる歓声。
 その中を、モスラがゆっくり舞いあがる。
 二回ばかり、名残りをおしむように旋回すると、やがてぐんぐんとのぼってゆく――。高く、高く――。

【231】宇宙
 空に輝く満月。
 その満月を斜めによぎって、モスラが宇宙の彼方に消えてゆく――。
(F・O)完


 要するに、モスラが、全宇宙の守護神というか、創造神というか、『2001年宇宙の旅』のモノリスみたいな存在に昇華して描かれていたのである。

 この2つのクライマックスの、どちらがいいかは、私には何ともいえない。
 ただ、シナリオとはあくまで「たたき台」であり、映画本編とはちがうものであるらしいことも知り、以後は、両者のちがいを知る楽しみ方を覚えた。

 同時に、こんなことも感じた。

 そもそも、こういう立派な全集におさめられるシナリオは、たとえば同じ第3巻でいえば、依田義賢『近松物語』とか、水木洋子『浮雲』とか、沢村勉『乳母車』とか、いわゆる「文芸」作品だと思っていた。

 ところがこの巻には、それらのほかに、この『モスラ』や、長谷川公之『警視庁物語 深夜便一三〇列車』井上梅次・西島大『嵐を呼ぶ男』館岡謙之助『明治天皇と日露大戦争』などの「娯楽作」も並んでいたのだ。
 第6巻に至っては、名作中の名作、橋本忍・山田洋次『砂の器』に、高田宏治『北陸代理戦争』佐治乾『人妻集団暴行致死事件』が平然と並ぶ素晴らしさである。

 高校生の私には、これがたいへん新鮮だった。
 「文芸」「娯楽」「ヤクザ」「ポルノ」など、すべてがいっしょくたに並んでいるのだ。
 映画とは面白い世界だ、題材で「優劣」がつかない「実力本位」の世界らしいと知った。
 そして、おぼろげながら、自分の目指しているのは、こういう世界ではないかと思うようになった(だから私は、後年、週刊誌記者になった)。

 その後、大人になって『日本シナリオ大系』全6巻を、古書店で入手した。
 いまでも宝物で、日本映画史を手中におさめているような気分である。
大系


 先日、この全集から精選された『日本名作シナリオ選』上下(日本シナリオ作家協会)が刊行された(冒頭に書影を掲出)。
 本来なら全6巻を復刊したかったらしいのだが、さすがに今の時代、このような全集は売れないだろうということで、シナリオ作家協会会員にアンケートを募り、収録作品を精選したという。
 収録作品は、以下の通り 

(上巻)
山中貞雄『盤嶽の一生』
伊丹万作『無法松の一生』
菊島隆三 黒澤明『野良犬』
黒澤明・橋本忍『羅生門』
斎藤良輔『本日休診』
野田高梧 小津安二郎『東京物語』
依田義賢『近松物語』
八住利雄 『夫婦善哉』
水木洋子『浮雲』
橋本忍『真昼の暗黒』
山内久『豚と軍艦』

(下巻)
橋本忍『切腹』
長谷部慶次・今村昌平『にっぽん昆虫記』
鈴木尚之『飢餓海峡』
笠原和夫『総長賭博』
田村孟『少年』
橋本忍・山田洋次『砂の器』
小野竜之助・佐藤純彌『新幹線大爆破』
中島丈博『祭りの準備』
山田洋次・朝間義隆『幸福の黄色いハンカチ』
井手雅人『鬼畜』


 さすがにこれだけ名作がそろっているので、私も『盤嶽の一生』以外は、すべて複数回、鑑賞している(『盤嶽の一生』は、フィルムが残っていないので、観たくても観られない)。
 個人的には、もっと戦前の作品が欲しかったが(最初の2本のみが戦前)、これも「商品」であることを考えると、致し方ないところだろう。

 本書は、映画関係者はいうまでもなく、出版編集や演劇分野の関係者は、必携だと思う。
 ここには、ある時間、人間を飽きさせずに集中させる方法、さらに「原典」をどうアレンジすれば、観客にテーマが伝わるかが、「実例」ですべて示されている。
 そのことは、今回、新たに収録された、作品ごとの解説を読むことで、さらに理解できる。

 『切腹』(橋本忍)に解説を寄せた古田求氏(脚本家)は、同郷・佐賀の原作者、滝口康彦の思い出とからめながら、シナリオの後半で、いつの間にか観客の視点を別人物に移すことで緊張感を生み出す見事さを指摘している。

 『にっぽん昆虫記』(長谷部慶次・今村昌平)で、荒井晴彦氏(脚本家・映画監督)は、売春婦たちが猫の血液を採取して処女の初体験用にごまかす場面を掲げ、「いま、こういうシナリオを書ける四十代、三十代のシナリオライターは、いるだろうか」「こんなシーン、俺、書けない」と降参している。

 『飢餓海峡』(鈴木尚之)の那須真知子氏(脚本家)は、原作のどの部分を膨らませ、変更したかを具体的に挙げ、「原作を凌駕した脚本」と述べている(この「変更」は、私も若いころに原作を読んで気がついて、なるほどと感心したことがある)。

 『砂の器』(橋本忍・山田洋次)で、輿水泰弘氏(脚本家)は、原作のわずか数行をいかに膨らませたか、クライマックスの捜査会議・演奏会・回想の同時進行シーンが文楽からきていることなどを、西村雄一郎氏の著作を参考にしながら解説している。

 『新幹線大爆破』(小野竜之助・佐藤純彌)の、山田耕大氏(脚本家)の解説はもっとすごい。
「ペラの原稿用紙で三百枚は優に超えると思われる大部のシナリオのどこにも切れるシーンが見当たらない。一つとして無駄がなく、すべてが荘厳なパズルの一片としての役割を果たしている。あえて『脚本のお手本』と言わせてもらいたい。もし脚本家を目指す人がいたら、この傑作シナリオを何度でも読み、そして原稿用紙に書き写さなければならない」

 これらの解説を読んでいて、私は、「吹奏楽ポップスの父」岩井直溥氏のアレンジを思い出した。
 原曲の味を生かしながら、どこをどういじると面白くなるか、どうすればお客を楽しませることができるか――岩井さんは、そればかりを考えて譜面を書いていた。
 それとそっくりだと思った。

 ぜひ、多くの方々に手に取っていただきたい、上下巻である。
 あとやはり、『モスラ』を入れてほしかったなあ!
(一部敬称略)

 【★★☆】

【★★★】 嗜好に関係なく、お金と時間を費やす価値がある。
【★★☆】 嗜好が一致するのなら、お金と時間を費やす価値がある。
【★☆☆】 嗜好の範囲を広げる気があるなら、お金と時間を費やす価値がある。
【☆☆☆】 お金も時間も費やす価値はない。



このCDのライナーノート(解説)を書きました。とてもいいCDだと思います。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

毎週(土)23時、FMカオンにて「BPラジオ/吹奏楽の世界へようこそ」案内係をやってます。2月は「追悼、ブーレーズ」と、「吹奏楽で聴く、BP芸能ワイドショー!」です。

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