2022.04.07 (Thu)
第355回 第3回大島渚賞

▲(左)大島渚賞、(右)第3回大島渚賞受賞作
※リンク等は文末に。
第3回大島渚賞が発表となった。
受賞作は『海辺の彼女たち』(藤元明緒監督)である。
「大島渚賞」といっても、まだ新しい賞なので、ご存じない方も多いだろう。
主催は、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)で、同映画祭の一部門として運営されている。「映画の未来を拓き、世界へ羽ばたこうとする、若くて新しい才能に対して贈られる賞」で、いわゆる映画監督の新人賞である(大島渚はPFFの審査員を長くつとめ、多くの新人を発掘した)。
審査員は、坂本龍一(音楽家/審査員長)、黒沢清(映画監督)、荒木啓子(PFFディレクター)の3人。
第1回は2020年3月に開催された(コロナ禍がはじまった時期だけに、記念上映会場は、緊張した雰囲気に包まれていた)。受賞作は、ドキュメンタリ『セノーテ』(小田香監督)。
2021年の第2回は該当者ナシ。
そして今年が第3回で、前記『海辺の彼女たち』(藤元明緒監督)が受賞した。
これは、ベトナムから技能実習生として来た3人の女性たちの物語である。なんとか3か月頑張ってきたが、あまりに過酷、搾取が多く、家族へ送金もままならない。そこで、ある夜、密かに脱走する。少しでもギャラのいい仕事を求めて、怪しげなブローカーに紹介され、不法就労者として小さな港町で隠れて働くことになった。しかし、1人が体調を崩す。病院にかかりたいが、彼女たちには在留カードも身分証もない……。
昨今、日本でも問題になっている外国人労働者の問題に迫った異色作で、全編、彼女たち3人の描写に終始する(よって、コトバはすべてベトナム語で、字幕付き)。一見ドキュメンタリかと見紛うリアルな描写で、”見てはいけないもの”を見せられているような迫力がある。
わたしは、記念上映会(4月3日、丸ビルホールにて)で鑑賞し、藤本明緒監督と黒沢清監督たちのトークを聞きながら、なるほど、いかにも「大島渚賞」にふさわしい作品が選ばれたなあと思っていた。
ところが、翌日の授賞式で、病気療養中のせいか、欠席した審査員長・坂本龍一のコメントを知って、驚いた。
毎回候補にあがる作品の質が低いことに忸怩たる思いを抱えています。映画は社会を反映しているとすれば、最近の日本映画の大きな傾向として他者を傷つけることを極度に恐れることがあると感じます。それは社会への問題提起、批判、問いを萎縮させます。矛盾や不条理があっても明確に反対することができません。なぜなら反対の声を上げれば必然的に異なる意見をもつ他者とのぶつかり合いが起こるからです。これは僕が思う開放的で民主的な社会の在り方とは正反対です。恐らく大島監督も僕の意見に賛成してくれるでしょう。テレビ番組で「バカヤロ~」と怒鳴っていた方ですから。
今回、残念ながら僕には大島渚賞にふさわしいと思える作品はありませんでしたが、幸いなことに黒沢清さんには一つの作品がありました。(以下略)
(ウェブサイト「よろず~ニュース」より) 【全文は文末リンク】
長いコメントなので、一部を抜粋したが、どうやら坂本龍一は、『海辺の彼女たち』の受賞に、心底から同意できなかったらしいのだ。
坂本が、どこに不満を覚えたのかは、わからない。黒沢監督によると、坂本からは「これはドキュメンタリでよかったのではないのか」との疑問も出たという。この議論にかんして詳述する紙幅はないが、もしかしたら、坂本は、観客に判断を委ねるようなラストも不満だったのではないか。「なぜはっきりと声を大にして言わないんだ。大島渚だったら、この程度では終わらせないぞ」と。
いま、「賞」で、ここまではっきり言う審査員がいるだろうか。
時折、芥川賞や直木賞の選考経過説明で、「わたしは本作を押さなかったのですが、最終投票で1位になった以上、それに従いました」みたいなことを言う委員はいる。永井龍男のように受賞作に不満で辞任した委員もいた。
しかし、まるで大島渚賞の存在意義みたいなことにまで触れた坂本のコメントは、真摯に受け止めるべきだと思う。
というのも、いま、坂本のいうとおり、突っ込んだコメントや意見が交わされる「賞」が少ないような気がするからだ。日本映画界最大の祭典といいながら、実際には大手数社が持ち回りで受賞しているような賞もあるが、よくなければ、はっきりそう言うべきだろう。広告主だからか、つまらない映画や舞台をやたらとほめる新聞の評にも、いい刺激になるのではないか。
先日の米アカデミー授賞式で、ウィル・スミスがクリス・ロックを「平手打ち」した。
だがかつて、野坂昭如は、式典壇上で、大島渚に「ゲンコツ」でパンチを喰らわせている。
これに対し大島渚も負けてはいなかった。「マイク」で野坂昭如の頭を殴りつづけたのだ【下記リンク】。
米アカデミー賞関係者に、この映像を見せたかった。
「やるならお互い、とことんやれ。臭いものにフタをするな」——大島渚だったら、そう言っただろう。
今後の大島渚賞に、そんな空気がすこしでも漂いつづけることを、わたしは願っている。
〈敬称略〉
□大島渚賞公式サイトは、こちら。
□映画『海辺の彼女たち』公式サイトは、こちら(予告編あり)。
□「よろず~ニュース」「『大島渚賞』授賞式で坂本龍一審査委員長が辛口講評『僕にはふさわしいと思える作品なかった』」は、こちら。
□大島渚vs野坂昭如の殴り合いは、こちら。
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