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2022.04.25 (Mon)

第357回 ウクライナと「左手」(1)

国教を超えたウクライナ人
▲2月新刊『国境を超えたウクライナ人』 ※リンクは文末に。


 『国境を超えたウクライナ人』(オリガ・ホメンコ著/群像社刊)は、本年2月に刊行された。
 さっそく読みはじめたら、すぐにロシアによるウクライナ侵攻がはじまった。まるで、この日を予期していたかのような刊行タイミングに、驚いてしまった。
 なぜ、わたしが本書に興味をもったのかというと、ウクライナの作曲家、セルゲイ・ボルキエーヴィチ(1877~1952)について書かれていたからなのだが、その前に、本書のご紹介を。

 著者、オリガ・ホメンコ氏は、日本近現代史および経済史の研究者、ジャーナリストだ。キエフに生まれ、キエフ国立大学文学部を卒業。東京大学大学院地域文化研究科で博士号を取得した。キエフ経済大学などで教壇に立ち、現在はキエフ・モヒラ・ビジネススクール助教授でもある。
 2014年刊『ウクライナから愛をこめて』(群像社刊)が、「ウクライナ人が日本語で書いた」エッセイとして、話題になったので、ご記憶のかたもいるだろう(とてもいい本なので、強力推薦!)。

 本書は、母国を飛び出し、国際的に活躍したウクライナ人9人+1人(なにものかは、読んでのお楽しみ)を紹介したミニ評伝集である。1人あたり10頁前後でコンパクトにまとめられているので、たいへん読みやすい(訳者名がないので、これも日本語で書かれたようだ)。
 乳酸菌の効用を発見し、長寿研究の先駆けとなったイリヤ・メーチニコフ(1845~1916)。
 1964年に、現役女性画家として初めてルーヴル美術館で個展を開催した、ソニア・ドローネー(1885~1979)。
 ヘリコプターの生みの親、イーゴル・シコールスキイ(1889~1972)。
 終生、日本に憧れ、パリ日本館に暮らしながら著述に明け暮れた、ステパン・レヴィンスキイ(1897~1946)等々……。

 記述はとてもていねいで、エピソードもうまくまとめられている。
 たとえば、前掲、シコールスキイがひたすら空を飛ぶ夢を追いつづける姿など、微笑ましくさえ感じる。ところが、アメリカにわたり、航空機開発会社を設立するが、資金繰りがうまくいかない。落ち込む気分を、趣味のチャイコフスキーなどの故国の音楽を聴いて慰めていた。
 あるとき、母国の大作曲家・ピアニスト、ラフマニノフの訪米公演があると知り、大枚をはたいて出かけた。終演後、楽屋に挨拶に行き、資金難の状況をぼやくと、なんとラフマニノフは、その場で、当日の収入全額「5,000ドル」を貸してくれたという。後刻、会社が黒字になったとき、利子をつけて返済したそうだが、これなど、日本の落語か講談に出てきそうな話だ。
 そういえば、彼が開発した「シコールスキイS61」を原型とする対潜ヘリコプター「シーキング」は、日本の自衛隊で採用されているそうである。

 著者自身があとがきで綴っているように、ウクライナは海で囲まれていない内陸地で、古くから〈遊牧民がうろうろしていた地〉だった。それゆえ、〈時の政権の影響力の及ばない「国境」の端、あるいは「国境」というはっきりした線の引けないステップに移動して自由に生活していたコサックの人びともいた〉
 そういう土地で長く生きてきたウクライナ人は、よく〈わたしの家は一番端っこ〉と言うらしい。その背後には、〈自由に暮らしたいからほっといてほしい〉との思いがこめられている。〈集団としてではなく、個人や家族で生き延びたい〉のだと。
 もう、この数行だけで、今回の戦争の遠因がわかろうというものだ。「自由に暮らしたいからほっといて。集団は嫌い」と、ねがう草原の民のくにに、ロシアは侵攻したのである。
 
 ところで、わたしが本書に興味をもった理由――作曲家、ボルキエーヴィチだが、クラシック音楽ファンでも、この名前を知るひとは少ないかもしれない。
 だが、そもそもウクライナは、たいへんな”音楽家名産地”なのだ。
 もっとも有名なのは、バレエ《シンデレラ》《ロミオとジュリエット》、音楽物語《ピーターと狼》でおなじみ、プロコフィエフ(1891~1953)だろう。
 彼は、帝政ロシア時代末期に、ウクライナ東部、ドネツィクで生まれた。現在、親ロシア武装勢力によって「ドネツィク人民共和国」の樹立を宣言している地域だ。ちなみに、ドネツィク国際空港は、通称「セルゲイ・プロコフィエフ国際空港」と称されている。

 また、そのプロコフィエフの少年時代に、作曲を指導したグリエール(1875~1956)も、ウクライナの出身である。キエフ大公国時代の口承叙事詩を題材にした交響曲第3番《イリヤ・ムーロメツ》や、バレエ《赤いけしの花》《青銅の騎士》などで知られる(日本では、吹奏楽コンクールでの人気曲なので、中高生のほうが詳しいかもしれない)。

 現代で知られるウクライナの作曲家といえば、なんといっても、シルヴェストロフ(1937~)だろう。当初は先鋭的な前衛音楽を書いていたが、1970年代にソ連作曲家同盟を除名されると、西側に活動の場を移し(現在はドイツ在住)、一転、ロマンティックな、ときにはムード音楽と紙一重のような、素朴で美しい音楽を書くようになった。先日、東京都交響楽団が、彼の《ウクライナの祈り》を演奏したとのニュースもあった。

 ちなみに、ゼレンスキー大統領が米議会でオンライン演説した際、最後に戦火のニュース映像が流れた。このバックで流れていた音楽が、やはりウクライナ出身の作曲家、スコリク(1938~2020)の名曲、《メロディ》(映画『ハイ・パス』より)である。 
 そのほか、世界的ピアニストのリヒテルホロヴィッツギレリスといった巨匠たちも、ウクライナ生まれだ。

 余談だが、チャイコフスキーはロシア人だが、父方の先祖はウクライナ・コサックである。彼の交響曲第2番ハ短調は、全編がウクライナ民謡(もしくはウクライナ風の旋律)で構成されており、そのため、〈小ロシア〉との”愛称”が付けられた。ところが、この「小ロシア」はウクライナの「蔑称」であると、オリガ・ホメンコ氏が本書のなかで、はっきり書いている。

 というわけで、回り道ばかりしてきたが、本書で取り上げられたウクライナの作曲家、ボルキエーヴィチだが、彼は、なぜか、《ピアノ協奏曲第2番~左手のための》や、《左手のピアノと管弦楽のためのロシア狂詩曲》など、「左手のピアノ曲」を多く書いているのである。
〈この項、つづく〉

□『国境を超えたウクライナ人』は、こちら

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