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2016.03.02 (Wed)

第155回 芳林堂書店、破産

高田馬場閉店
▲芳林堂書店・高田馬場店に貼り出されていた告知(2月26日)


 近年の書店は、文房具を並べたり、店内に喫茶店を設けてブックカフェなぞと称するのが流行っているようだが、こんなこと、「芳林堂書店」がとっくの昔にやっていた。

 かつて、池袋西口の五叉路(丸井のある交差点)に「芳林堂書店・池袋本店」があった(1971年開業)。
 確か、6階か7階建てくらいだったと思うが、建物自体が「芳林堂ビル」で、地下から最上階まで、まるごと「書店」だった。

 ここの最上階に、喫茶「栞」[しおり]があり、店内には、いつもコーヒーの香りが漂っていた。
 そのほか、古書店の「高野書店」や、レコード店(芳林堂レコード部)、さらには、奇術用品専門店「魔法陣」もあった(マジシャンの堤芳郎氏のお店)。

 品揃えもユニークで、左翼関係本、競馬関係本、写真集などのほか、いまでいうサブカル本が充実していた。
 店員さんの知識もすごくて、これは知人の体験談だが、人文関係の専門書で、書名も版元も忘れてしまったのを、「確か、哲学者の○○の説とちがうアプローチの本」と言っただけで、即座に当該本を持ってきてくれたそうである。

 私自身は、若いころ、会社を出たら、この芳林堂ビルの、まずは最上階へ行き、コーヒーを飲んでから(ケーキもおいしかった)、ワンフロアずつ見ながらのんびり降りて行き、買いこんだ書籍や「レコード芸術」などを抱えて、近くの名物とんかつ屋「寿々屋」へ行って、お燗でイッパイやるのが、最上の楽しみだった時期がある。
 かように、芳林堂書店・池袋本店は、池袋西口側の「知の一大拠点」だったのである。

 その後は――
 1985年に、西武ブックセンターがリブロ池袋本店になり、池袋の書店戦争が始まった。
 1992年、旭屋書店池袋店が、東武百貨店内にオープン。
 1997年、ジュンク堂池袋本店がオープン。
 そして、2003年、芳林堂書店・池袋本店が閉店する。 
 ビル自体も売却され、向かいのビルの地下に、コミック売り場だけが独立する形で、専門店「コミックプラザ」となった。
 以後、私は、芳林堂書店は高田馬場店を使うようになった。

 2月末、その芳林堂書店が、自己破産を申し立てた。
 負債総額は約20億円。
 2月に入ってから、高田馬場店の雑誌の棚が、ずいぶん薄くなっているなと感じていたのだが、実は、入荷がストップしていたのだった。

入荷ストップ
▲入荷ストップの告知(高田馬場店、2月26日)

 報道によれば、主要帳合(主力仕入れ先)である取次の「太洋社」が経営悪化に追い込まれ、2月上旬、自主廃業を決定、その影響で芳林堂書店への入荷がストップし、急速に経営が悪化、自己破産に至ったことになっている。

 だが実際は、太洋社廃業の原因は、芳林堂書店にもあったようである。
 芳林堂書店は、昨今の経営悪化で、太洋社への支払いが滞っていたらしい。

 本は、最終的に書店の店頭で現金化されるから、書店が、そのカネを取次や版元に還流しなければ、お金の流れはストップする。
 芳林堂書店からお金が入ってこなくなった太洋社は、たちまち経営悪化に拍車がかかり、商品を出庫できなくなり、両社共倒れとなった。

 この仕組みは、業界外の方にはわかりにくいかもしれないが、出版取次は、単なる問屋ではなく、銀行のような金融機能も備えた、書店と一心同体の業種なのである。
 だから、A取次が使用不可だからといって、すぐにB取次に移るなんてことは、そう簡単にはいかないのである。
 どちらかが傾けば、相方も傾く運命共同体なのだ。

 業界紙「新文化」2月25日号によれば、太洋社を帳合とする書店は約300社・800店舗あったが、帳合変更の見通しがついたのは50社・350店舗のみで、残りの250社・450店舗は、硬直状態にあるという。
 現に、早くも10店舗近くが閉店・休業を表明しているが、もし帳合変更が進まなかったら、いったい、どうなってしまうのだろう。
 
 芳林堂書店の事業は「書泉」に移譲されるそうなので、おそらく、私が通っている高田馬場店は「書泉・高田馬場店」として残るのだと思う。
(その「書泉」は、現在、「アニメイト」の子会社なので、サブカル系がさらに充実するかもしれない)

 なぜ、こんなことになってしまうのか。
 私のような道楽者には、たいした説明はできないが、「出版ニュース」1月上中旬号の、藤脇邦夫氏(元・出版社営業マン)の寄稿「ダウンサイジング化していく出版業界」が、以下のような指摘を掲げている。

■2015年に、団塊の世代の最後である、昭和24~25年生まれが、定年延長の65歳を迎え、完全定年となり、社会の一線から団塊の世代が消えた。

■団塊の世代は「活字世代」でもあり、700万~800万人いたが、その1割以上の100万人前後に、書店で本を買う習慣があった。

■しかし、彼らが年金生活に入ると、本を買う金がなくなるので、図書館を利用することになり、今後、本を実売消費する層が消え、「図書館でしか本を読まない」層が増える。

 現在、全国の公共図書館で個人に貸し出される本は、年間「7億1497万冊」。
 これに対し、書店で売れる本は、年間「6億6790万冊」である(2012年/出版科学研究所、日本図書館協会などのデータ)
 つまり、いまや本は、書店で売れる数よりも、図書館で貸し出される数が、上回っているのだ。

 私が小学生のとき、母親から妙な買い物を頼まれたことがある。
 「B書店に予約していた『化石の森』が入ったとの電話がきたから、あんた、取りに行ってきてよ。お金は払ってあるから」
 1970年に大ベストセラーとなった、石原慎太郎の『化石の森』上下巻(新潮社刊)だった。
 「純文学書下ろし特別作品」シリーズ、函入りの上下2巻本である。
 値段は1巻630円。

 母は読書家ではなかったが、よほど、この作品には惹かれる何かがあったのだろう。
 当時のコーヒー1杯の値段が平均95円とのデータがある。
 だとすれば、いま、スターバックスのドリップ・コーヒー(ショート)が280円なので、それに比例させると、『化石の森』は、現在だったら1巻あたり約2000円。
 上下2巻で4000円の買い物になる。
 私の家は、さほど裕福ではなかったから、これはたいへんな買い物だったはずだ。

 いまの若いひとは「図書館で借りればよかったのに」と思うだろう。
 だが当時、まさか、話題のベストセラーを図書館で借りて読むなんて、そんなこと、夢にも想像しなかった。
 図書館とは、稀覯本、全集、高額本、絶版本など、書店店頭では容易に入手できない本を借りに行く場所だったのだ。
 
 低収入の年金生活者が増えれば、本は書店で買うものではなく、図書館で借りるものになる。
 そうして、取次や書店は倒産し、出版業界は縮小していく。
 いまや本と音楽CDは、同じ道をたどりつつある。

 母は、亡くなるまで、『化石の森』上下2巻を、小さな本棚に差していた。
 たいした遺品も残さなかったが、私は、その2巻本を形見分けのつもりでもらって、仏壇の横に、立てかけている。
 いうまでもないが、いま、近所の図書館に、1970年初版の『化石の森』は、ない。
(一部敬称略)

このCDのライナーノート(解説)を書きました。とてもいいCDだと思います。

◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「BandPower」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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