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2022.08.12 (Fri)

第361回 岩波ホールはいつも「満席」だった

岩波ビル
▲岩波ホールが入っている、岩波神保町ビルディング(出典:Wikimedia Commons)

 東京・神保町の岩波ホールが、7月いっぱいで閉館した。
 だが、新聞やSNS上の惜しむ声を読んで、わたしは、開いた口がふさがらなかった。
 普段はジェット機だの恐竜だの、叫んでキレるマンガ映画ばかり観ているのに、こういうときになると、とたんに「学生時代によく行った」とか、「今後、良質な映画を上映する場がなくなる」とか口にして、惜しむふりをする日本人の、なんと多いことか(チコちゃんの森田ナレーション)。
 そういうアナタが普段から行かないから、閉館したんじゃないか。
 
 岩波ホールは、1968年に開館した。
 当初は、講演会などに利用される、多目的ホールだった(だから、スクリーンの前に、あんな大きなステージがあるのだ)。
 映画専門館になったのは1974年で、その第一弾は、インド映画『大樹のうた』(サタジット・レイ監督、1959年)だった。
 当時わたしは高校生だったが、すでに映画マニアだったので、さっそく行ってみた。
 そのとき驚いたのは、「むかしのモノクロ映画」を、「各回入れ替え制」で上映していることだった。
 てっきり、新しい映画館だから、最新のカラー映画かと思ったら、古いモノクロ映画で、売れない作家がやたらとヒドイ目に合う、身も蓋もない話だった。
 しかも、それまで映画館は、上映時間など気にせず、好きなときに行って、上映中でも勝手に入って途中から観て、次の回の上映で「ああ、ここから観たんだっけ。じゃ、帰るか」と出てきたものだった。
 それが、次回の上映開始まで客席に入れず、ロビーで待たされるなんて経験は、初めてだった。

 まだ残っている岩波ホールのウェブサイトに、過去の全上映作品がリストアップされている。
 それを見ると、わたしは、おおむね6~7割を観ているようだ(大学がすぐそばだったので、特に学生時代は、全作を観ている。といっても、1本を最低1~3か月は上映するので、本数は、それほどでもない)。
 そこから、わたしの、岩波ホール・ベスト10を挙げる(順位は、上映順)。

岩波ホール1

①惑星ソラリス(アンドレイ・タルコフスキー監督、1972年、ソ連) 1977年上映
岩波ホールでSF映画をやるというので鼻息荒く行ったら、あまりにわけがわからず、かえって感動した。ある惑星の「海」が生命体だとの、哲学的設定。平日昼間なのに、かなり混んでいるのにも驚いた。しかし、どこか懐かしさが漂う不思議な映画で、その後も何度か観て、タルコフスキー好きになった。

②木靴の樹(エルマンノ・オルミ監督、1978年、イタリア) 1979年上映
これも連日満席で、後日、日劇文化など一般劇場でのロングランに引き継がれたほどの大ヒットだった。20世紀初頭、イタリア・ベルガモ近郊の小作農の貧しくも温かい生活を、実際の農民たちの出演で、バッハをBGMに描く。健気でかわいい男の子、自然光で撮影された川下りの美しい場面など、何度観ても心が震える。本作を観て感動できないひとは、人間ではないと思う。

③旅芸人の記録(テオ・アンゲロプロス監督、1975年、ギリシャ) 1979年上映
本作を日本公開してくれたこと、いくら岩波ホールに感謝しても、しきれない。わたしの生涯ベスト級の映画。一国の近現代史を、こんなふうに表現できるのかとビックリ仰天。映画はすごいメディアだと知り、アンゲロプロスはわたしの神様となった。約4時間の映画が、これまた連日満席で、たしか、異例の日時指定前売券が出て、それを買ってようやく入った記憶がある(普段は当日券のみ)。

岩波ホール2

④山猫(ルキノ・ヴィスコンティ監督、1963年、イタリアほか) 1981年上映
岩波ホールのおかげで、『家族の肖像』『ルードヴィヒ 神々の黄昏』など、ヴィスコンティ映画をたくさん知った。本作は、シチリア貴族の没落を描くもので、メロドラマとスペクタクルと通俗と芸術が渾然一体となった一種のトンデモ映画。ホンモノの貴族屋敷でのロケやセットもド迫力。すでに名作映画として有名だったが、これが初のイタリア語オリジナル版上映だった。音楽も重厚で、まるでオペラを観たよう。映画史上に残る舞踏会シーンのワルツは、スタッフが骨董屋で見つけたヴェルディの未発表ピアノ自筆譜をもとに、ニノ・ロータが編曲した。

⑤ファニーとアレクサンデル(イングマール・ベルイマン監督、1982年、スウェーデンほか) 1985年上映
岩波ホールは、開館当初からベルイマン作品を積極的に紹介してきたが、これは巨匠最後の劇場用作品。本来テレビ・シリーズだったが、あまりに出来がいいので、再編集して劇場公開したら米アカデミー賞で4部門を受賞。スウェーデンの劇場経営者一族の興亡を、幼い兄妹の視点で描く大河ドラマ。5時間超にもかかわらず、観はじめたら止まらない面白さで、なんと5か月間のロングラン。その後も再上映がつづいた。

⑥八月の鯨(リンゼイ・アンダーソン監督、1987年、アメリカ) 1989年上映
サイレント時代からの2大女優の共演。撮影当時、リリアン・ギッシュ93歳、ベティ・デイヴィス79歳! 2人だけで暮らす老姉妹の話だが、ほのぼのした内容かと思いきや、やたらと口汚く罵り合うのが、かえって新鮮だった。浅草・駒形で「どぜう鍋」をごちそうになり、帰りにとらやの羊羹と錦松梅をお土産にもらったような味わい。これまた連日満席のロングランで、その後も何度も再上映され、わたしもそのたびに行った。いったい、ここで何度観たことか。岩波ホールの歴史を代表する、トレードマークのような名作。

岩波ホール3

⑦宋家の三姉妹(メイベル・チャン監督、1997年、香港・日本) 1998年上映
フジテレビと香港ゴールデンハーヴェストの合作映画。大財閥の妻(マギー・チャン)、孫文の妻(ミシェル・ヨー)、蒋介石の妻(ヴィヴィアン・ウー)となった宋シスターズの歴史大河ドラマ。岩波ホールでは珍しい超大作エンタメで、とにかく面白くできていた。衣裳=ワダエミ、音楽=喜多郎。1998年11月から上映開始、翌年7月までつづき、その後も再上映。最終的に計44週、たった一館で18万人超を動員したお化け映画。もちろん、同ホール史上、最大ロングラン、最大ヒット。この時期、岩波ホールは、本作専用劇場だったようなイメージがある。

⑧父と暮せば(黒木和雄監督、2004年、日本) 2004年上映
岩波ホールは、黒木和雄作品を積極的に上映してきた。『TOMORROW 明日』『美しい夏キリシマ』『紙屋悦子の青春』など反戦映画が多く、本作も、井上ひさしの人気舞台劇が原作。本来2人芝居だったのを映画的に拡大し、宮沢りえ・原田芳雄の名演もあって、静謐で素晴らしい反戦映画となった(特に宮沢りえは、本作で化けた)。ヒロシマ悲劇の本質を知ってもらうために、世界中のひとたちに観せたい映画だ。

⑨少女は自転車に乗って(ハイファ・アル=マンスール監督、2012年、サウジアラビアほか) 2013年上映
つい最近まで映画館も禁止されていたサウジアラビアに、初めて登場した女性監督による作品。女性には禁止されている自転車に乗りたい10歳の少女が、賞金目当てでコーランの暗唱コンテストに挑戦する。イスラム社会特有の男尊女卑の風潮を乗り越えようとする少女がさわやかで、観たあと、元気が出る映画。その後、全国の一般劇場で公開され、ロングヒットとなった。

岩波ホール4

⑩ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス(フレデリック・ワイズマン監督、2016年、アメリカ) 2019年上映
以前のようなロングラン・システムがあったら、数か月は公開がつづいたと思われるほど、連日、満席となった大ヒット作品(3時間半の長尺なのに!)。わたしは、大学の教え子たちと観に行ったが、危うく札止め寸前で入れないところだった。おそらく、岩波ホール最後の“全日満席映画”ではないか。わたしたちが抱く「図書館」のイメージを覆す、驚きのドキュメンタリ。カフェや売店を併設したり、やたらと館内デザインに凝ってばかりいる日本の図書館とは、根本的に思想がちがうことを知り、かえって恥ずかしくなった。

   *****

 かように、わたしが抱く岩波ホールのイメージは「いつも満席の映画館」「客が入るかぎり、いつまでも上映してくれる映画館」といったものだった。
 だが近年は、本来なら岩波ホールでかかるような映画を、ユーロスペース、シアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺、ポレポレ東中野などが上映するようになった。
 その一方、当の岩波ホールは、Bunkamuraル・シネマやシネスイッチ銀座でかけたほうがいいような映画を上映するようになった。
 これでは顧客の足も遠のいて当然だろう。

 最後の上映作品は、ドキュメンタリ『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』(ヴェルナー・ヘルツォーク監督、2019年、イギリスほか)だった。
 てっきり、作家ブルース・チャトウィンの評伝だと思って観に行ったら、実態はヘルツォーク入門のような内容で、なんだか、狐につままれたような気分だった。
 SNSでは「岩波ホールの最後にふさわしい映画」との声があったが、わたしには、まったくそうは思えなかった。
 おそらく、ずっと前にこの時期の配給が決まっており、あとになって、運営母体の岩波不動産が閉館を決めたので、結果として、本作が最終作品になったのではないか(よく誤解されるが、ここは岩波書店の経営ではない)。
 わたしは、「岩波ホール閉館記念作品」として、もう一度『八月の鯨』を上映してほしかった。
 ラストで、鯨の再訪を期待して岬に立つ老女2人の姿こそ、岩波ホールそのものだったと思うのは、わたしだけではないはずだ。 

岩波ホールHP
映画『八月の鯨』予告編

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◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。

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