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2022.10.17 (Mon)

第365回 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の音楽

鎌倉殿の13人
▲エバンコール音楽《鎌倉殿の13人》サントラCD


 日刊ゲンダイDIGITALに、作曲家の三枝成彰氏が、気になるコラムを寄稿していた(10月8日配信)。タイトルは、「NHK大河『鎌倉殿の13人』“劇伴”への違和感…音楽にもウソが通る社会が反映される」と、挑発的である。

 内容を一部抜粋でご紹介する。
〈NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を見ていると、たびたび驚かされる。その音楽に、聞き覚えのあるメロディーが出てくるからだ。ドボルザークやビバルディなど、クラシックの名曲のメロディーである。〉
〈視聴者の受けも悪くないようで、「感動した」「大河にクラシックは素晴らしい」といった声も多いようだ。〉
〈私はどうにも違和感を禁じ得ない。これだけ引用が多いと意識的にやっていることは明らかで、「たまたま既成の曲と似てしまった」というレベルではない。もとより悪意があるはずもないのだろうが、私などは「剽窃(ひょうせつ)」だと考えてしまう。〉


 この文章は、紙幅の関係か、あるいは作曲家のエバン・コール氏に気を使っているのか、少々隔靴掻痒なので、補足しよう。
 要するに、あのドラマでは、しばしば、クラシックの有名旋律が、すこしばかり形を変えて流れるのだ(ほぼそのまま流れることもある)。ドヴォルザーク《新世界より》、バッハ《無伴奏チェロ組曲》、ヴィヴァルディ《四季》、オルフ《カルミナ・ブラーナ》……。
 原曲を知らなければ「カッコいい音楽だなあ」と感じるかもしれないが、原曲を知っていると、たしかにちょっとビックリするような”変容”が施された曲もあるのだ。
 三枝氏は、それらを「剽窃」と感じるという。そして、こう綴るのだ。

〈ここまでくると、劇伴の概念が変わったというより、社会が変わったのだと考えるしかない。ドラマ音楽のひとつにも、変質した社会の影響は必ず反映される。その変化はどこから来たのか? やはり安倍さんが総理大臣に就任して以来のことに思える。〉
〈この国のリーダーたる総理大臣が公の場で平然とウソをつき、閣僚も官僚も、臆面もなくウソをつく。文書を改ざんし、事実を隠蔽し、白を黒、黒を白だと言い張り、事実にしてしまう。/彼らは「ウソが通る社会」をつくり上げ、まがいものを本物だと堂々と言える社会にしてしまった。〉

 なんと、『鎌倉殿の13人』の音楽でクラシックが”剽窃”されているのは、安倍総理の誕生が原因だといわんばかりである。わたしは決して安倍政権時代を礼賛する気はないが、それにしたってこれは、あまりに極端な”風が吹けば桶屋が儲かる”論理ではないだろうか。
 
 わたしは、あまり熱心な大河ファンではなかったのだが、歌舞伎・文楽ファンとしては、ここまで「鎌倉」「頼朝」「義経」「北条」「曽我兄弟」といったキイワードを並べられては、さすがに観ないわけにはいかない。むかしから『炎環』『北条政子』など永井路子作品のファンだったせいもあり、今年は、ひさびさにNHKプラスで、全回を視聴している。

 そうしたところ、わたしも三枝氏同様、第1回でちょっと驚いた。クライマックス、女装した頼朝が馬で脱出するシーンに、ドヴォルザーク《新世界より》が流れたのだ。しかも、なぜか原曲ではなく、少しばかりいじってある。
 わたしは、エバン・コール氏なる作曲家をまったく知らなかったが、オープニング・テーマ(下野竜也指揮、NHK交響楽団)は、なかなかよかった。バークリー音楽院で映像音楽を学び、日本でドラマやアニメの音楽で活躍しているひとだという。

 そこで、さっそくサントラCDをじっくり聴いてみた(現在、Vol.1とVo1.2がリリース中)。そうしたところ、”変容クラシック”のオンパレードではないかと、妙な心配もあったのだが、それほどではなく、どれも魅力的な曲ばかりだった。おそらく、ドラマでは、すべてが流れていないだろう。もったいないと思わされる曲も多い。

※演奏は、ブダペスト・スコアリング交響楽団。ここは、ハンガリーの国営レーベル「HUNGAROTON」スタジオを買収したブダペスト・スコアリング社が運営するオーケストラである。指揮のペーテル・イレーニは、映像音楽の人気指揮者で、同交響楽団を指揮して、イギリスの作曲家、オリヴァー・デイヴィスの作品集などもリリースしている。

 楽曲イメージの背景には、品のいいアイリッシュやケルトの香りがある。もしかしたら、エバン・コール氏のルーツかもしれない。そこに、時折、エキゾチックな要素がからみ、西洋人の視点によるアジア(日本も中国も一緒)のムードも漂うが、決して安っぽくない。ジョン・バリーの名サントラ《ダンス・ウィズ・ウルヴズ》(米アカデミー作曲賞受賞)を思わせる響きも感じられたが、少なくとも”剽窃”とまでは思えなかった。
 
 そして、ほんの少しだが、たしかに”変容クラシック”もあった。先述のドヴォルザークや、オルフ、ヴィヴァルディなど。だが、これは、明らかに確信犯だ。原曲を熟知したうえで、音楽のお遊びをやっている。剽窃というよりはパロディではないか。過去、さんざん、ドラマやヴァラエティで手垢にまみれた泰西名曲をわざと”変容”して、おおむかしの出来事であっても、結局は、同じことが繰り返される歴史の必然性みたいなことを表現しているような気がした(時折、変えるなら、もっと大掛かりに変容してほしい曲もあるが)。
 三枝氏の文章だと、毎回、”変容クラシック”が流れているようにも読めるが、それほどではない。この程度の使用で”剽窃”といっていたら、ジョン・ウィリアムズ《スター・ウォーズ》や、ビル・コンティ《ライトスタッフ》(米アカデミー作曲賞受賞)などは、どうなってしまうのか(前者はホルストが、後者はチャイコフスキーやグラズノフが基調)。

 三枝氏には、エバン・コール氏の『鎌倉殿の13人』サントラCDも、ちゃんと聴いてほしかった。

エバン・コール作曲《鎌倉殿の13人》メイン・テーマ(下野竜也指揮、NHK交響楽団)
※オープニング映像ですが、クレジットなし。ここでしか観られない珍しいヴァージョンです。
日刊ゲンダイDIGITAL/三枝成彰の中高年革命【全文】

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