2022.11.29 (Tue)
第368回 ギンレイホール、閉館

▲11月27日夜、最終上映中のギンレイホール(前に立っているのは、館主の加藤忠さん)。
東京・神楽坂下(飯田橋)の老舗名画座「ギンレイホール」が、11月27日夜に閉館した。今後は別の場所での再開を目指すという。
あたしは、2016年に、ここで「新潮社で生まれた名作映画たち」という特集上映を開催していただいた際に、たいへんお世話になった、忘れられない映画館である。
かつて、神楽坂下には、ギンレイホールの他、佳作座(洋画系)、飯田橋くらら(ピンク系)などの映画館もあり、特に佳作座は、総武線のホームや車内から、強烈な看板が見えて、壮観だった。『大脱走』と『レマゲン鉄橋』、『ナバロンの要塞』と『マッケンナの黄金』など、大作2本立てが多かった(うろ覚えだが、イメージとしては、そんな番組構成だった)。
今回のギンレイの閉館理由は建物の老朽化にともなうもので、決して不入りが理由ではなさそうなのだが、それにしても、いま、名画座は、特にコロナ禍以降、冬の時代を迎えている。
(ちなみに、ギンレイホールは、正確には「名画座」というよりは、数か月前の封切り作品を2本立てで上映する「二番館」のおもむきが強かった。番組は、女性向けの洋画ドラマが多く、年間1万円で見放題のパスポート制度で知られていた)
あたしが行っていた名画座では、近年だけでも、「浅草名画座」ほか浅草の計5館、「三軒茶屋中央」「三軒茶屋シネマ」「銀座シネパトス」「新橋文化」「新橋ロマン」「シアターN」(渋谷)、「吉祥寺バウスシアター」「アップリンク渋谷」などが続々と閉館した。
正月には、浅草で「寅さん」や藤純子を観るのが楽しみだった。「銀座シネパトス」での、天地真理主演『虹をわたって』のニュープリント復活上映も忘れられない。「新橋文化」の最終上映は『タクシードライバー』だった。
こういった名画座の衰退を、映画文化の衰退であるかのように報じる向きもある。
だが、映画そのものは、シネコンやサブスクの隆盛、ネットフリックスなど配信会社のオリジナル製作などを見るにつけ、決して、衰退していないと思う。
では、なぜ、名画座は、消えていくのか。
理由はいろいろあるだろうが、そのひとつに「ひとと触れあいたくない」ことがあると思う。
かつて映画館は、公共の場での過ごし方を学ぶ、恰好の場所だった。
作家の山口瞳は、”映画館では、座席に沈み込むようにして頭を引っ込めて座るのが礼儀だ”と書いていた。
あたしは、幼稚園のころから、両親に映画館に連れていかれ(当時は、自宅から歩いて行ける距離に、いくらでも映画館があった)、子供なので背伸びしてスクリーンを見上げると、「後ろのひとが見えないから、もっと低く座れ」と、よく怒られた。
映画館で、背筋を伸ばして座ると、頭が背もたれから飛び出して、後方客のじゃまになる。
これは、映画館での常識なのである。
だから、「新宿武蔵野館」のように、天井が低いせいでスクリーンも低く、客席もフラットな劇場だと、大柄な客が背筋を伸ばして前に座った場合、ほとんど観えなくなる。
最近、芝居に行くと「前かがみでのご観劇は、後ろのお客様のご迷惑になるので、お控えください」とアナウンスがある。
映画館では「前の座席の背もたれを蹴らないでください」と流れる。
あれは、この種の礼儀を知らずにおとなになった客が多くなった証左だと思う。
つまり、映画館には自分以外の人間がたくさんいて、自分は、そのなかのひとりだとの意識がない、好きな姿勢で観たいし、ひとのことは考えたくない——そんな人間が増えたのだと思う。
だから、狭くて周囲に気をつかわなければならない名画座は、敬遠されるようになった。
だがゆったりしたシネコンでは、そんな心配はない。
それどころか、最近のシネコンは、半ば個人ブースのような座席や、寝っ転がって観られる座席まである。ましてや自室でスマホで観る映画なら、なにをかいわんやだ。
映画とは、2時間、呑まず食わずで、座席に深く沈み込んで、じっと動かずスクリーンに対峙する娯楽なのである。
ポップコーンだのコーラだのを抱えて、ラクな姿勢で楽しむなんてのは、ほんとうの映画好きではない。
あたしの知人に、「国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)は、説教する老人客が多いので、怖い」と言っているひとがいた。
たしかに、あそこには、まるで自分の住まいのような意識で陣取っている常連がいる。そのため、しょっちゅう口論が発生しているが(だから、制服の警備員がいる)、それもせんじ詰めれば、公共の場での過ごし方にまつわるトラブルが大半である。
正直、説教したくなる気持ちも、わからないでもないのだ。
とりあえず、ギンレイホールには、48年間(前身まで含めれば、戦前から)、ありがとうございました。
ただし、再開しても、豪華座席や、飲食可などは、絶対にやめてください。
◇ギンレイホールHPは、こちら。
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◆「富樫鉄火のグル新」は、吹奏楽ウェブマガジン「Band Power」生まれです。第132回以前のバックナンバーは、こちら。
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