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2022.12.02 (Fri)

第369回 ユーミンの50年

ユーミン
▲大ヒットとなったCD『ユーミン万歳!  松任谷由実50周年記念ベストアルバム』

ユーミン(松任谷由実)が、デビュー50周年を迎えた。連日、メディアではたいへんな露出である。記念のベストCDは、一時品切れになるほどの売れ行きで、多くのチャートで1位を獲得した。文化功労者にも選出された。

新宿駅東口、GUCCI裏手の雑居ビル3階に、とんかつ屋「卯作」はある。
あたしは、店主と中学時代の同級生だったので、開店時から通っている。老舗とまではいえないが、開店して30年になるので、そろそろ長寿店といってもいい。
こういう食べ物は好みがあるので、うまいかどうかはひとそれぞれだが、30年もつづいているのだから、すくなくとも、多くのひとたちに愛されていることは、まちがいない。
 
店内は殺風景だが、なぜか有線放送で、ユーミンが流れている。USEN「A44」チャンネルである。開店から閉店まで、ユーミンの楽曲だけを流している。いつからこうなったのか、覚えていないが、とにかく「卯作」へ行くと、常にユーミンが流れているのである。

現在、USENにおける、日本人個人アーティストのチャンネルは、石原裕次郎、美空ひばり、サザンオールスターズ、EXILE TRIBE、そしてユーミンの5人(組)だけである。
ちなみに、海外は、ビートルズ、エリック・クラプトン、エルヴィス・プレスリー、カーペンターズ、ローリング・ストーンズ、マイケル・ジャクソンの6人(組)。
ほかに「個人」チャンネルが10局ある。バッハからラヴェルまで、クラシックの作曲家たちだ。

こんなにチャンネルがあるのに、なぜか「卯作」は、ユーミンなのである。
食事は、ヒレからロース、海老フライなど多々あるが、音楽はユーミンしか選べないのだ。美空ひばり《人生一路》を聴きながら日本酒「真澄」と角煮(中華テイストの独特な風味)を味わうとか、バッハ《マタイ受難曲》をバックに上ロースにむしゃぶりつくとか、そういうことは、「卯作」では、できないのだ。

ここでは、《真夏の夜の夢》にあわせて生ビールを流し込んだり、《青春のリグレット》を聴きながら熱燗(大関を、人肌に湯灌)とカキフライを楽しむとか、《最後の春休み》を口ずさみながら生姜焼きの甘辛いたれを愛でるとか、とにかくそういう過ごし方をするしかないのである。
だが、それが、なかなか味わい深いひとときを生むのである。

そもそも、いったい、なぜ、とんかつ屋が、ユーミンを流しているのだろうか。
店主によると「お客様の多くが、ユーミン世代だから」とのことだった。

ユーミン3枚

ユーミンと「食」といえば、《CHINESE SOUP》、あるいは「山手のドルフィンのソーダ水」が出てくる《海を見ていた午後》などが浮かぶ。
あるいは、1974年リリース、彼女のセカンド・アルバム『ミスリム』(写真左)や、シングル《12月の雨》のジャケット(写真中)に写っているピアノを見て、詳しい方だったら、飯倉のイタリアン・レストラン「キャンティ」を思い出すかもしれない。
あのピアノは、「キャンティ」のオーナーだった、川添浩史・梶子夫妻宅のものであることは有名だ。ユーミンは、芸能人のたまり場だったこの店に、中学生時代から出入りし、ザ・フィンガーズの追っかけをしていた(慶應高校の、政財界の二世たちによって結成されたバンド)。
そして、この店の常連客との交友がきっかけで、1972年、多摩美術大学1年生のときに、かまやつひろしプロデュース《返事はいらない/空と海の輝きに向けて》(写真右)でデビューするのである(ただし、作曲家としては、すでに17歳のときに、加橋かつみ《愛は突然に…》でデビューしていた)。

いまはもう紛失してしまったが、あたしは、このデビュー・シングルをもっていた(B面のレーベルが《海と空の輝きに向けて》と誤植印刷されていることで知られていた)。
デビュー後しばらくして、TBSラジオの深夜番組「パック・イン・ミュージック」で、故・林美雄が、さかんにユーミンを紹介しており、興味を覚え、かなりあとになって買ったものだ。
そのときの印象は「ロボットみたいな声の女の子だなあ」といったものだった。ノン・ヴィブラートで、情緒とか感情とかを排し、それこそ金管楽器がシンプルにメロディだけを奏でるように歌う、いままでにないタイプの歌手だと思った。
曲も、失恋の曲なのだが、「別れたあなたに手紙をおくるけど、もう、この町にはいないから、返事なんかもらっても届かない、だから返事はいらない」(要旨)と強気に突き放す内容で、これまた新鮮だった。

このなかに、「むかし、あなたから借りた本のなかの、いちばん好きな言葉を、手紙の終わりに書いておいた」(要旨)との歌詞があった。「いったい、何の本なのだろう」と、中学校時代、おなじ吹奏楽部で、やはりユーミンが好きだったある友人に聞いたら、「〈殺してちょうだい〉じゃね~の」と、笑いながら答えたのを、いまでも、覚えている。
これは、当時、クラスで大流行していた、星新一『ボッコちゃん』のなかの決めセリフなのだが、なるほど、そんなセリフが別れの手紙に書いてあったら、相手は不気味な思いに襲われるだろうなあと、彼の慧眼に感心した記憶がある。

その友人とは、現在、講談社の取締役で、いまや日本のデジタル出版事業を牽引している、吉羽治氏である。
そして、おなじく同級で、いま、とんかつ屋「卯作」でユーミンを流しているのが、清水卯一郎氏である。
みんな、ユーミンが大好きだった。
あれからもう50年がたったのだ。

酒
▲「卯作」ですが、肝心のとんかつ料理を撮り忘れました。


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