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2023.01.04 (Wed)

第373回 【新刊紹介】 太平洋戦争下のハワイと東京で展開する、「一大犯罪叙事詩」!

真珠湾の冬
▲ジェイムズ・ケストレル/山中朝晶訳『真珠湾の冬』(ハヤカワ・ミステリ)


超ヘビー級の警察ミステリ、登場であります!
新書判で正味470頁余。ただし、ハヤカワのポケミスなので、新書判とはいえ2段組、1頁が800字強ある。通常の1段組み文芸書の体裁だったら、500頁を超えているだろう。

「超ヘビー級」なのは、その分量だけではない。舞台は、1941年のハワイからはじまり、太平洋を横断し、香港、東京に至る。最後は1945年だ。
つまり、日米開戦から太平洋戦争、終戦、占領までが、まるごと、470頁のなかに詰まっている、一種の「近現代史ミステリ」なのである。

しかも、この著者は(ハワイ在住の弁護士だという)、偏執質ではないかと言いたくなるほど、描写が細かい。いったいこれが本筋とどう関係があるのか、イライラする場面すらある。
ところが、次第に、その執拗な描写が面白くなってくる。どこか純文学のような香りさえ、かすかに漂い、いわゆる「読書の快感」を覚えるようになる。
そうなると、もう、本書を手放すことはできなくなる。

冒頭は、ハワイで発生した陰惨な殺人事件である。被害者はハワイ海軍幹部の甥。横には、日系女性の死体もあったが、これがどこの誰だか、まったくわからない。
さっそくホノルル警察のマグレディ刑事が捜査に乗り出すが、ある偶然から追い詰めた犯人を射殺してしまう。これによって捜査は難航が予想されるが、単独犯とは思えない犯行だったので、マグレディは、犯行仲間を探すことになる。

丹念な捜査の結果、もうひとりの犯人は、太平洋横断空路を乗り継いで、アジア方面へ飛んだことがわかる(当時、直行航空便は、なかったようだ)。しかも、途中の島で、似たような犯行を繰り返していた。
マグレディ刑事も、あとを追う。
ここまでで正味150頁余。ちょっとした中編1作分の分量だ。
だが、この第1部は、事実上のプロローグだった。

犯人を追い詰め、なんとか香港まで渡ったところで、予想外の事態が発生する。真珠湾攻撃、日米開戦である。香港は日本軍に占領され、マグレディは捕虜となって、東京へおくられる。ここからの舞台は、太平洋戦争下の東京である。
よくぞこんな物語を考え出したものだと、感心する。

本書が本格的に動き出すのは、そして、どうも凡百の警察ミステリではなさそうだと気づくのは、ここからである。
それが220頁あたり。まだ全体の半分にも至っていない。

こうやって紹介すると、ずいぶんのんびりしたミステリだと感じるだろう。
だが、まったくそうではない。
先述した、執拗なまでの詳細描写のおかげで、ひとつ間違えれば安っぽくなる設定やシーンが、強烈な説得力をもって迫ってくるのだ。

よって、たしかに物語の進行度はゆっくりだが、決して飽きることはない。
戦時下の東京で、ハワイからやってきた白人刑事が、なぜ、生き延びられるのか。はっきりいって、三文劇画のような設定が登場するが、ちゃんと読める。もちろん、あたしは当時の東京なんて知らないが、おそらく、こういうことだったのだろうと、納得できた。

とにかくこの著者は、精細描写が売りだけあって、すごい取材力だ。
略歴を見ると、「刑事事件調査員」の経験もあるという。
ハワイで、もうひとりの犯人を捜す際、マグレディが、過去10万件分もの車両登録証を、1枚1枚めくりながら、長時間をかけて調べる場面がある。
いまだったらデジタルで瞬時に判明するだろうが、当時は、人間の手で、こんな非効率な方法で調べるしかなかった。
読んでいて、イライラしながらも妙に感動してしまうシーンである。

実は、これとほぼ同じ場面が、映画『警視庁物語 一〇八号車』(村山新治ほか監督、1959)にある。容疑者のアリバイを崩すために、刑事が、膨大な分量の交通違反調書を、1枚ずつめくって調べるのである。映画は、そのシーンを、えんえんと、いつまでも長回しで映す。途中、一息入れてカツ丼を食べるシーンがあるが、そこまでを、カメラはじっととらえる。
これこそが、刑事捜査の原典の姿であることを、映画は伝えているのである。そして、不思議と感動してしまう。
本書にも、まさに、そんな感動を伝えてくれるシーンが、けっこうある。

事件の背景に、日米開戦と、第二次世界大戦そのものにまつわる壮大な問題があることが示されるにおよんで、オビの惹句「一大犯罪叙事詩」が、決して大げさではないことが、わかる。ラストは「ハードボイルド」を絵に描いたような美しさ。
原題は『Five Decembers』(5回の12月)だが、邦題『真珠湾の冬』のほうが、ずっと本書の真髄をあらわしている。
寒い時期にピッタリの、大盛り濃厚グルメ料理のような、おとなのエンタテインメントである。

※本稿は、書評サイト「本が好き!」への投稿をもとに、改稿したものです。

◇ジェイムズ・ケストレル/山中朝晶訳『真珠湾の冬』(ハヤカワ・ミステリ)は、こちら

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