2023.01.19 (Thu)
第374回 【映画紹介】「映像の先を音楽化する」エンニオ・モリコーネの世界

▲映画『『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)
年が明けて、まだ一か月も経っていないというのに、映画音楽ファンにとってメガトン級のプレゼントがやってきた。早くも、今年のベスト級ではないかと思われる映画だ。
これは、タイトル通り、映画音楽作曲家、エンニオ・モリコーネ(1928~2020)のドキュメンタリである。
生前におこなわれた長時間インタビューが中心で、自身が生涯と作品について回想するのだが、そこに、大量の映画本編、コンサート映像、楽譜、関係者・演奏者の解説などが、ほぼ「同時に」重なる。その編集が見事で、まるで戦後映画史を「音楽」の視点で見せられているようだ。並みの娯楽映画など吹き飛ぶ迫力である。
あたしの子供のころ、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』などがよくTV放映されており、その不思議な音楽に、「面白い曲だなあ」と、おぼろげに感じたことを覚えている。
その後、『ウエスタン』『シシリアン』『わが青春のフロレンス』『死刑台のメロディ』『夕陽のギャングたち』『ペイネ 愛の世界旅行』『1900年』などで、モリコーネは稀代のメロディ・メーカーだと知った。
だがやがて、単なる映画音楽作曲家ではないことに気づく。きっかけは、1985年から翌年にかけて、毎月一回、NHK総合で放映された番組『NHK特集/ルーブル美術館』全13回だった。
これは、NHKがフランスのTV局と共同制作した大型番組で、ルーブル美術館の名品の数々を、館内を貸し切って(おそらく閉館後の深夜に)、解説付きで、つぶさに見せてくれるものだった。
しかも、ナビゲーターが、ジャンヌ・モロー、デボラ・カー、シャーロット・ランプリング、ダーク・ボガートといった、世界的名優だった(日本からは、中村敦夫と島田陽子だった)。
で、この番組の音楽が、なんと「エンニオ・モリコーネ」だったのだ。しかも、あまりに素晴らしくて、美術品と音楽の、どちらが主役かわからないほどだった。毎月、その音楽を「聴く」のが待ちきれなかった。いまでも、あんな重厚で上品で知的な音楽が日本のTV地上波で流れていたなんて、信じられない思いだ。

▲サントラ『NHK特集/ルーブル美術館』(SLC)
しばらくして、そのサントラCDが、いまはなき日本のサントラ専門レーベル「SLC」(サンドトラック・リスナーズ・コミュニケーションズ)から発売された。
もちろん、すぐに購入して、聴いた。そして、付属のライナー解説を読んで、飛び上がってしまった。
なんと『NHK特集/ルーブル美術館』の音楽は、「使いまわし」だったのだ!
つまり、あの素晴らしい音楽は、過去の映画のために書かれた複数の既成曲を持ってきて、あてはめたものだったのだ。
たとえば、背筋をなにかが走るような名テーマ曲《永遠のモナ・リザ》は、1970年の映画『La Califfa』の音楽だというのだ。
日本未公開なので、どんな映画なのかよくわからないが、ネット情報によれば、工場閉鎖をめぐって展開する社会派メロドラマだという。しかも、主演はロミー・シュナイダー!
もうこれだけで、映画ファンならば、どんなテイストの作品か、想像がつくだろう。
そんな「メロドラマ」の音楽が、「ルーブル美術館」のテーマ音楽に使われて、まったく違和感がないどころか、映像をしのぐ効果をあげているのだ。
どうやらエンニオ・モリコーネとは、「映像に合った音楽を書く」のではなく、それを通り越した、なにか、映像のずっと先にあるものを見出して、それを音楽にしているのではないか、だから、使いまわしにも耐えられる普遍性のある音楽を書けるのではないか、そんな気がしたのだ。
で、今回の映画だが、まさにモリコーネが「映像の先にあるものを見出して音楽化する」作曲家であることが、よくわかる。
紹介されるエピソードも興味津々で、たとえば・・・・・・
*ジャンニ・モランディやミーナといったカンツォーネ名曲の数々は、モリコーネの編曲だった。
*ダルムシュタット現代音楽講習会に参加していた(ジョン・ケージも登場する)。
*セルジオ・レオーネは『荒野の用心棒』に、ジョン・ウェインの『リオ・ブラボー』の音楽をあてはめるつもりだった(結局、モリコーネが、「似ている」が、それをしのぐ音楽を書いてみせる)。
*黛敏郎が音楽を書いた『天地創造』は、その前にモリコーネがテスト音楽を書いていた。
*スタンリー・キューブリックから、『時計じかけのオレンジ』のオファーが来ていた。
*犯罪映画『シシリアン』の音楽には、BACH(シ♭・ラ・ド・シ♮)の4音が隠されていた!
*『死刑台のメロディ』の主題歌《勝利への讃歌》は、メロディ先行で、ジョーン・バエズが即興的に詩をつけた。
・・・・・・といった垂涎の逸話が(マニアはご存じだろうが)、すべて「実例」付きで紹介される。
モリコーネは、途中、何度も映画音楽をやめて純粋クラシック音楽に専念しようとした。作曲家として「映画音楽」は一段下に見られる仕事だったのだ。
(ちなみに、『太陽がいっぱい』『ゴッドファーザー』のニノ・ロータは「映画音楽家」と呼ばれるのをすごく嫌っていた)
だが結局、モリコーネは「映画音楽」と称する新しい、20世紀の音楽ジャンルを確立したのだ。
上映時間2時間40分。『ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』あたりからモリコーネ・ファンになった方には、少々ヘビーな内容かもしれないが、音楽好きなら、長く感じないはずだ。
あたしは、『ウエスタン』や『ミッション』の部分で、恥ずかしながら、泣いてしまった。
哀しい内容でもないのに涙が流れる――これは、そういう音楽ドキュメンタリである。
□映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』公式サイトは、こちら。
□『NHK特集/ルーブル美術館』 第10回「バロックの峰 ルーベンスとレンブラント」が、ここで観られ(聴け)ます。
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