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2023.02.02 (Thu)

第377回 【映画紹介】 ジョスカン・デ・プレが流れる「信長」映画!

レジェバタ
▲映画 『レジェンド&バタフライ』

現在公開中の映画『レジェンド&バタフライ』のなかに、西洋のミサ(らしき不思議な野外儀式)の場面がある。その隅で、4人の修道士と思われる南蛮人が、ミサ曲を朗唱しており、信長が「悲しい謡(うたい)じゃのう」などとつぶやいている。
この音楽は、ジョスカン・デ・プレ作曲のミサ曲《デ・ベアタ・ヴィルジネ》(祝福された聖母/別名「聖母のミサ」)の〈キリエ〉である。
日本の時代劇映画に、ジョスカンがここまではっきり流れるのは、おそらく初めてではないか。

ジョスカン・デ・プレ(1450頃?~1521)は、ルネサンス期に活躍した、フランドル(現在のベルギー~フランス北西部)出身の教会音楽家。日本では、バッハを「音楽の父」と呼んでいるが、西洋では、ジョスカンのほうが、そう呼ばれている。「美術界のミケランジェロに匹敵する」(コジモ・バルトリ)とか、「ジョスカンはすべての音符を操る主人である」(マルティン・ルター)とまで称された、音楽史上の巨人である。
ほかに、ミサ曲では《アヴェ・マリス・ステラ》(めでたし、海の星よ)《パンジェ・リングァ》(舌よ、讃えよ)《ロム・アルメ》(武装したひと)などが有名だ。

彼の音楽は、その構成形式も内容も旋律も、あまりに美しく、見事だった。それまでのミサ曲は、各章の冒頭部を同一旋律で統一する「循環ミサ」が主流だった(宗派によって違いはあるが、通常のミサ曲は全5章構成)。ときには、その旋律を一般大衆の世俗曲から引用することもあった。

ジョスカン 合体
▲(左)ジョスカン・デ・プレ (右)ルネサンス期のミサ曲合唱風景(1枚の楽譜を囲んで歌う) 【出典:Wikimedia Commons】

ジョスカンは、これをさらに進めて、統一旋律を、各声部が少し遅れて歌い始め、複雑に絡み合いながら壮大な音楽になる「通模倣様式」を完成させた。複数の声部が、統一感のある旋律を、異なったタイミングで歌っているのに、美しく響き、ひとつの音楽になっている——これは、いまでいえばノーベル賞どころではない大発明だった。
この手法が、後年、ソナタ形式のヒントとなり、カノンになり、フーガに発展し、対位法となって完成し、ベルリオーズやフランクの「循環形式」になり、果ては、ワーグナーの「ライトモティーフ手法」にまでつながるのである。

果たして、信長の時代にジョスカンの曲が日本に入っていたのかは、はっきりしないようだが、少なくとも、1591年に、(前年に帰国していた)天正遣欧少年使節団が、豊臣秀吉の御前で、「ジョスカン・デ・プレの曲」を演奏したことは確からしい。ということは、すでに1582年に亡くなっていた信長が、生前にジョスカンの曲を聴く機会があっても、おかしくはないかもしれない(ちなみに、ジョスカンは、信長が生まれる20年ほど前に亡くなっている)。

もしそうなら、信長は具体的にジョスカンのどの曲を聴いたのか。この映画のように《聖母のミサ》を聴いたのか。
これもよくわかっていないらしいが、この「信長が聴いた西洋音楽」を想像再現するCDやコンサートは意外と多く、そこでよく演奏されるジョスカン曲が《はかりしれぬ悲しさ》である。もともとは4声の世俗曲で、日本では《千々の悲しみ》《皇帝の歌》などの別題でも知られている。というのも、上述の「秀吉が聴いた西洋音楽」が、この《千々の悲しみ》だとむかしからいわれており、だったら、信長も聴いたのでは、と想像されているようなのである。

ところで、映画で流れるミサ曲の吹き替えヴォーカルを聴いていて、あたしは、一瞬で、うたっている人たちがわかった。「ヴォーカル・アンサンブル カペラ」(VEC)のみなさんである。
実は、あたしは、VECの定期演奏会にずっと通っており、スーペリウス(高音部)の花井尚美さんの声の大ファンなのである。この世のものとは思えない、それこそ天上から降り注ぐような美しさで、すこし鼻にかかった甘い歌声は、まさに世界で唯一無二の声である。一度聴いたら、絶対に忘れられない。だから、映画を観て(聴いて)、すぐにわかった(実際、エンドロールにも名前が出ていた)。

VECは、ルネサンス宗教音楽を専門とするヴォーカル・グループで、ジョスカンのミサ曲全曲録音プロジェクトを進行させており、全9枚でそろそろ完結のはずだ。
彼らの演奏会は、音楽監督・花井哲郎さんの「ミサ曲は、教会のなかで、”典礼”として再現されなければならない」との考え方に基づいて開催される。だから会場は必ず「教会」であり(東京公演の場合は、多くが、目白台の東京カテドラル教会聖マリア大聖堂)、各章の前後に入祭唱や昇階唱などの「固有文」(いわば”お経”)が唱えられる。

もし機会があったら、ぜひ、「教会」で、VECの演奏会を経験していただきたい。
最初は慣れないかもしれないが、すぐに、ジョスカンの、そしてルネサンス期の作曲家たちの宝石のような輝きに、「もしかしたら重大な何かを聴き忘れていたのではないか」との思いを抱くはずだ。

なお、映画『レジェンド&バタフライ』本編や出演俳優については、特になにも言うことはない。

▢映画『レジェンド&バタフライ』公式サイト
▢VEC音楽監督・花井哲郎さんのブログ(映画撮影の裏話のほか、映画に流れたミサ曲が聴けます)  
▢ヴォーカル・アンサンブル・カペラ(VEC) 公式サイト
▢本コラムの第206回でも、VECの話題に触れています。

*1月28日に開催された、東京佼成ウインドオーケストラ第160回定期演奏会のプログラム解説を書きました。ここでPDFが公開されているので、お時間あれば、ご笑覧ください。
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