2023.02.16 (Thu)
第381回 バート・バカラックも「吹奏楽ポップスの父」だった!

▲(左)LP『ダイナミック・マーチ・イン・バカラック』
(右)先日亡くなったバート・バカラック(写真:Wikimedia Commons)
1972年2月、東芝音工(のちの「EMIミュージック・ジャパン」)から、1枚のLPがリリースされた。
『ダイナミック・マーチ・イン・バカラック』(指揮者記載なし、演奏:航空自衛隊航空音楽隊=当時の名称)。
この2月8日、94歳で亡くなった作編曲家・歌手、バート・バカラック(1928~2023)の曲を吹奏楽で演奏したもので、全12曲収録。編曲は、のちに「吹奏楽ポップスの父」と呼ばれる作編曲家の岩井直溥さん(1923~2014)である。
このLPこそが、日本で初めての本格的な「吹奏楽ポップス」だった。
よく、吹奏楽ポップスは『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』(NSB)シリーズが最初のようにいわれるが、「NSB」第1集の発売は、同年7月である。『バカラック』のほうが半年近く先だった。
もちろん、このころ、日本の吹奏楽界には、秀逸なオリジナル曲が生まれていたが、まだ、マーチやクラシック編曲を中心に演奏しているスクール・バンドも多かった。学校の音楽室で、ポップスや歌謡曲、映画音楽を演奏することを歓迎しない空気も残っていた。
そこで岩井さんは、レコード会社やヤマハと組んで、「楽しい吹奏楽」の普及に取り組み始めた。
しかし、なぜ「ビートルズ」ではなく、「バート・バカラック」だったのだろう。
かつて、生前の岩井さんに聞き書き自伝の長時間インタビューをした際、おおむね、以下のような主旨のことを語っていた。
「当時、ビートルズは、もう解散していた。しかも、ビートルズの曲は旋律が意外と複雑で、管楽器でそろえて演奏するのはけっこうむずかしい。その点、バカラックは、アマチュア吹奏楽に向いていた。
1)メロディがきれいでシンプルで、誰でも口ずさめる。
2)リズムがはっきりしている。特にボサノヴァ系が多いので、たくさんのパーカッション奏者が活躍できる。マーチだと、スネア(小太鼓)とBD(大太鼓)とシンバルしか出番がない。
3)バカラックの曲はコード進行が凝っていて、分厚い”445アレンジ”のし甲斐があった」
“445アレンジ”とは、なにか。
このアルバムは、標準的な吹奏楽編成ではない。通常の吹奏楽は、Trp3、Trb3、Sax4(アルトⅠ・Ⅱ、テナー、バリトン)の“334”だが、ここでは、Trp4、Trb4、Sax5(アルトⅠ・Ⅱ、テナーⅠ・Ⅱ、バリトン)の“445”となっている。これはジャズ・ビッグ・バンド編成に準じたもので、当然ながら響きが分厚くなる。以後、岩井アレンジは、すべて“445”編成で書かれるのだ(「NSB」のようなスクール・バンド向けの出版譜は“334”だが、スコアは“445”で書いていたという)。
あたしは、学生時代、「バカラック・メドレー」のステージ・マーチング・ショーに出演したことがある。そのとき、バカラックの旋律は、「ちょっと変わっているな」と感じたのを覚えている。
通常、ポップスのメロディは、4小節や8小節、16小節など、きりのいい偶数小節の連続でできている。だがバカラックの場合は、すこし余るというか、余計な小節がくっついて、きれいな偶数小節ではないのだ。《サン・ホセへの道》や《雨にぬれても》のように、後半で曲想やテンポが変化する曲も多い。
しかし、むかしのマーチングは基本的に4小節単位でステップやフォーメーションがつくられていた。だからバカラックの曲を演奏しながら動くと、余りが生じて、ぎごちない動きになってしまうのだ(そのぎごちなさが独特のステップになって、見た目に面白いショーになったのだが)。
実はバカラックは、ラヴェルのバレエ音楽《ダフニスとクロエ》に感動したことがきっかけで、音楽家を目指したと語っている。ミヨーやマルティヌーなどのクラシック作曲家に師事した時期もあった。彼の独特なメロディ構成には、クラシックの素地があったのかもしれない。
ところで、そのLP『ダイナミック・マーチ・イン・バカラック』の収録曲は、
①サン・ホセへの道、②雨にぬれても、③幸せはパリで、④アルフィー、⑤ディス・ガイ、⑥恋よ、さようなら、⑦マイケルへのメッセージ、⑧ボンド・ストリート、⑨汽車と船と飛行機、⑩ウォーク・オン・バイ、⑪何かいいことないか子猫チャン、⑫小さな願い
の12曲で、おそらくポップス・ファンならご存じの曲ばかりだろう。
ちなみに⑧は映画『007/カジノ・ロワイヤル』(1967)の劇中音楽。⑨は“ビートルズの弟分”としてデビューしたビリー・ジェイ・クレーマー&ザ・ダコタスの中ヒット曲だ。
このなかで、ちょっと目を引くのが、⑦の《マイケルへのメッセージ》だ。
これは、大女優にして歌手のマレーネ・ディートリヒ(1901~1992)が1962年に発表した名曲。以後、多くの歌手がカバーしており、ディオンヌ・ワーウィック版が有名だろう(男性が歌うときは曲名が《マーサへのメッセージ》になる)。

▲(左)名盤『マレーネ・ディートリヒ with バート・バカラック・オーケストラ』
(右)仲睦まじかったころ、30歳差のカップル(写真:Wikimedia Commons)
新聞の訃報欄ではまったく触れられていなかったが、実は、バカラックの音楽家としてのキャリアは、マレーネ・ディートリヒとの出会いによって開花した。ディートリヒが59歳のとき、29歳のバカラックと出会い、公私ともにパートナー関係となる。たいへんな年齢差カップルだが、たしか自伝で、ディートリヒと関係をもちながら、女優アンジー・ディキンソンと結婚し、泥沼状態になった挿話を読んだ記憶がある。
しかしとにかく、バカラックは、ディートリヒのバック・バンドの音楽監督、伴奏ピアニスト、アレンジャーをつとめ、作編曲家としての腕を磨くのである。
そんな時期に、名コンビとなったハル・デヴィッド(1921~2012)の作詞で生まれたのが《マイケルへのメッセージ》だった。とてもしゃれた曲で、こういう名曲を忘れずに、ちゃんと加えるところが、岩井さんのセンスのよさだと思う。
なお、『ダイナミック・マーチ・イン・バカラック』は、正確にいうと「ポップス」というよりは、タイトル通り、大半が「マーチ」調に編曲されている(ただし、後半になるにつれ、マーチ色は薄れ、明らかに「ポップス」となっている)。
「やっぱり、突然、全部を本格的なポップスにするのは、ちょっと気が引けた。まだ吹奏楽ポップスなんて、あまりなかった時期だったから。演奏も航空「自衛隊」だし。でも、このLPのおかげで、このあと、NSBを出せたのだから、その意味では、記念碑的なアルバムだと思う。のちのNSBにも、バカラックの曲をたくさん入れた。バカラックには感謝しなくては」(岩井さん)
バート・バカラックも「吹奏楽ポップスの父」だったのである。
◇『ダイナミック・マーチ・イン・バカラック』は、2009年にCD『岩井直溥初期作品集』として復刻されました。
すでに廃盤ですが、amazon musicなどの配信・DLで聴くことができます(あたしがライナー解説を書きました)。