2023.02.24 (Fri)
第383回 音楽本大賞、創設!(1)

▲「音楽本大賞』のロゴ(デザイン:重実生哉/クラファンHPより)
※クラファンHPリンク先は文末に。
いまや出版界は「大賞」だらけである。
「本屋大賞」を嚆矢に、「新書大賞」「ノンフィクション本大賞」「日本翻訳大賞」「料理レシピ本大賞」「サッカー本大賞」「マンガ大賞」「手塚治虫文化賞~マンガ大賞」「ITエンジニア本大賞」「ビジネス書大賞」……さらには書店主催(紀伊国屋じんぶん大賞、キミ本大賞、啓文堂大賞、八重洲本大賞、未来屋小説大賞など)、地方別(宮崎本大賞、神奈川本大賞、広島本大賞、京都本大賞など)もある。
このまま増えていったら、書店の棚は、すべて「大賞別」に構成しなければならないのではと、妙な心配をしたくなる。
そこへまた、新たな大賞が加わった。「音楽本大賞」である。一瞬「またか」と思ったが、同時に「そういえば、なぜ、いままでなかったのだろう」とも感じた。
あたし自身が、編集・ライターとして音楽本にかかわってきながら、あまり考えたこともなかったが、これは、ぜひとも定着していただきたい大賞である。
実は、このニュースが流れた直後、仕事先で会った女性3人に、このことを話してみた。すると、ニュアンスこそちがうものの、誰もが「音楽本って、選ぶほど数が出てるんですか」との主旨の返事だった。
Aさんは嵐のファン。Bさんは中島みゆきのファン。Cさんは日本のシティ・ポップス好き。
(残念ながら、その場には、あたしの好きな吹奏楽やクラシックや映画音楽に感度のあるひとは、いなかった。もっとも、そんなひとは、どこへ行っても、まずいないのだが)
つまり、「音楽本」といっても、あまりにジャンルが広いわけで、そのなかのある特定の分野のファンにとっては、多くの「音楽本」が出ていることなど、視野に入っていないのである。
実は、音楽本は、数もジャンルも、実に膨大であり、ひとつの「世界」を形成しているといっても過言ではない。そういう意味では、この賞は(具体的にどういう部門があるのか不明だが)多くのジャンルの「音楽本」が出ていることを知ってもらう、いいチャンスのような気もする。
現に、どれだけあるか、たまたまあたしが読んできた中から、いま、なんとなく思い出したお薦め本の、ほんの一部をあげてみる。
(ただし、どれも今回の「音楽本大賞」にはまったく無関係です)
【国内小説】
◆内田百閒『サラサーテの盤』(ちくま文庫など) 1948年初出。「ひとの声」が録音されているらしきサラサーテのレコードをめぐる奇妙な物語。鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』の原案。
◆宇神幸男『消えたオーケストラ』(講談社文庫) 1991年初出。ホールから突如、オーケストラ全員が消えた。重厚な音楽ミステリひと筋の著者による第二作。『ニーベルンクの城』も濃い。著者はエリック・ハイドシェックのカムバックを仕掛けたひと。
◆中沢けい『楽隊のうさぎ』(新潮文庫) 2000年初出。引っ込み思案な中学生が吹奏楽部に入って全国大会を目指す。その後山ほど出現した“吹奏楽小説”の最高傑作。中高の国語入試や模試でさかんに使われたことでも有名になった。
◆奥泉光『シューマンの指』(講談社文庫) 2010年初出。指を切断したはずなのに演奏している? 全編がシューマン愛に満ち溢れた、幻想ミステリ文学。
◆丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』(新潮文庫) 2011年初出。どう読んでも東京クヮルテットがモデル(としか思えない)の弦楽四重奏団の、愛憎入り混じる30年間の物語。
◆恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫) 2016年初出。浜松国際ピアノコンクールをモデルにした、ピアノ・コンペティション・ストーリー。直木賞・本屋大賞W受賞のベストセラー。
◆佐藤亜紀 『スウィングしなけりゃ意味がない』(角川文庫) 2017年初出。戦時中のドイツで、敵性音楽のアメリカ・スウィング・ジャズに熱狂する若者の青春ストーリー。
◆安壇美緒『ラブカは静かに弓を持つ』(集英社) 2022年初出。JASRAC(日本音楽著作権協会)とヤマハ音楽教室の著作権使用料請求攻防戦をモデルにした“潜入”ストーリー。大藪晴彦賞、未来屋小説大賞受賞。
【海外小説】
◆メーリケ/宮下健三ほか訳『旅の日のモーツァルト』(岩波文庫) 1856年原著初出。《ドン・ジョバンニ》初演のため、プラハへ向かうモーツァルト夫妻が途中で立ち寄った貴族宅での2日間を描く。どこか『アマデウス』に低通しながら、見事な芸術家小説になっている。みんなでサリエリやダ・ポンテをからかってアドリブでうたうシーンは傑作!
◆アンソニー・パージェス/乾信一郎訳『時計じかけのオレンジ』完全版(ハヤカワepi文庫)1962年原著(削除版)初出。ベートーヴェン《第九》を愛する超暴力少年の抵抗。映画をしのぐすさまじい描写(映画は削除版が原作だったので、ラストが原作とは異なる)。著者は作曲家でもある。
◆バーバラ・ポール/中川法江訳『気ままなプリマドンナ』(扶桑社ミステリー文庫) 1986年邦訳初出、91年再刊。メトロポリタン歌劇場で起きたアンモニア混入事件に、実在の名歌手ジェラルディン・ファーラーが(一人称で!)挑む。愛人だったトスカニーニやカルーソーも登場。なぜ日本にはこういう洒落た音楽小説がないのか。
◆エシュノーズ/関口涼子訳『ラヴェル』(みすず書房) 2007年邦訳初出。栄光と悲劇が入り混じったラヴェル最期の10年を描く。関口さんはのちに日本翻訳大賞を受賞。
◆ティツィアーノ・スカルパ/中山エツコ訳『スターバト・マーテル』(河出書房新社) 2011年邦訳初出。教え子(養育院の孤児)の視点で、司祭でもあった師ヴィヴァルディを描く純文学小説。ストレーガ賞受賞作。
◆フレドゥン・キアンプール/酒寄進一訳『幽霊ピアニスト事件』 (創元推理文庫) 2011年旧題邦訳初出。ナチスドイツの時代に死んだピアニストが現代に蘇って、音大生たちと数々の謎に挑む。ありがちなコミカル小説かと思いきや、意外な感動が。熱心なファンがいたせいか、改題して復刊した(初出邦題『この世の涯てまで、よろしく』)。
◆ポール・アダム/青木悦子訳『ヴァイオリン職人の探求と推理』 (創元推理文庫) 2014年邦訳初出。ヴァイオリン職人の周囲で起きる怪事件。かなり本格的な音楽ミステリ小説で、特に弦楽四重奏好きにはたまらない設定。海外ではシリーズ2作で売れ止まったものの、日本のファンのために第3作目が書かれた。
◆フェデリーコ・マリア・サルデッリ/関口英子・栗原俊秀訳『失われた手稿譜~ヴィヴァルディをめぐる物語』(東京創元社) 2018年邦訳初刊。実話をもとにしたノンフィクション・ノヴェル。借金まみれで死んだヴィヴァルディの幻の手稿譜が20世紀になって出現するミステリ。
かように「音楽本」は芳醇な世界なのですが、あまりにきりがないので、今回は、これぎり。
次回は「ノンフィクション編」を。
※紹介した本は「絶版」でも「古書」で入手容易だったり、「電子出版」などもあるので、検索でご確認ください。
◇日本音楽本大賞ウェブサイトは、こちら。クラウドファウンディング呼びかけ中です。
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