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2023.03.06 (Mon)

第386回 【新刊紹介】抱腹絶倒にして深淵な「法廷文士劇」!

作家の証言
▲『作家の証言 四畳半襖の下張裁判 完全版』丸谷才一編 中央公論新社) 
※リンクは文末に。


1970~80年代は、個性的な雑誌が山ほど出ており、書店の雑誌棚は縁日のような面白さだった。「ビックリハウス」「話の特集」「宝島」「奇想天外」「噂」「噂の真相」「モノンクル」……そして「面白半分」があった。
これは、作家が半年単位で編集長をつとめる「面白くてためにならない月刊誌」で、五木寛之編集長時代の「日本腰巻文学大賞」(オビに贈賞)、筒井康隆編集長時代のタモリの「ハナモゲラ語の思想」などが忘れられない。

だが、この雑誌が一躍その名を轟かせたのは、野坂昭如編集長時代の1972年7月号だった。永井荷風作と伝えられる春本小説『四畳半襖の下張』が伏字なしで全文掲載されたのだ。これに対し、警視庁がわいせつ文書販売罪(刑法175条)で野坂編集長と発行人を起訴したのである。

永井荷風
▲昭和29年、浅草を行く永井荷風(写真:木村伊兵衛) 【出典:Wikimedia Commons】

ふつう、この程度の罪であれば、始末書や罰金でおさまるのだが、野坂たちは、法廷で国家と争う決意を固めた。作家・丸谷才一を特別弁護人に指定し(もちろん、ほかにプロの弁護士もいた)、綺羅星のごとき弁護側証人を次々に出廷させた。
その顔ぶれを見て驚くなかれ、(出廷順に)五木寛之、井上ひさし、吉行淳之介、開高健、中村光夫、金井美恵子、石川淳、田村隆一、有吉佐和子

あたしは、週刊誌記者時代に名誉棄損で何度か訴えられている(正確には、発行責任者=社長と編集長が被告)。多くは和解勧告が出たり、原告が取り下げたりして、うやむやに終わるのだが、時折、法廷闘争になることもあった。そうなると、取材・執筆者のあたしは弁護側証人として出廷することになる。

その経験から知ったのだが、裁判とは、ほとんど演劇的な“儀式”だった。おおよその筋やセリフが決められており、台本のような調書のとおりに進行し、裁判官はつまらなそうな表情で、それらを聞いている。それこそ、アガサ・クリスティの『検察側の証人』のような、驚天動地の展開でもないかぎり、裁判とは、生気のない、型どおりの”儀式”にすぎないのだ。
(あたしは、田中角栄被告のロッキード裁判もずいぶん傍聴したが、あれですら、ある時期からはダラダラとした”儀式”になっていた)

ところが、この「四畳半襖の下張裁判」は、並みの“儀式”には、ならなかった。弁護側証人たちは、東京地方裁判所の法廷で、文学論はもちろん、わいせつとは何か、出版業はどうあるべきかを、丸谷才一特別弁護人の質問に答える形で、えんえんと、しかも、ものすごい熱量で語りつづけたのだ。
本書は、この裁判における、作家の証言部分を収録したものである。

なにしろ、その顔ぶれが戦後文壇史を彩る大作家ばかりなので、発言(証言)内容も、一筋縄ではいかない。それでいて、“儀式”の再現でもあるので、もう誰でも知っているようなことでも、速記録に残し、検察官と裁判官にアピールするために、あらためて口にしなければならない。弁護人も証人も、それがわかっていて、本心ではバカバカしいと思っていながら、お互い、必死になって“儀式”を演じている。読んでいると、それがはっきりわかって、捧腹絶倒を通り越し、これはもう深淵な「法廷文士劇」ではないかと、妙な感動がこみ上げてくる。

そんなわけで、証言はどれも驚愕の面白さで、いったいどこを引用しようか困ってしまうのだが、ここは年の功で、一人だけ19世紀生まれの最長老、石川淳(1899~1987)の証言を紹介しよう(このとき石川淳は76歳)。

(若いころの石川淳の経歴を確認したあと)

丸谷才一特別弁護人 で、代表的な作品としては、小説では何、批評では何というふうにあげればよろしいでしょうか。
石川淳証人 ……。
丸谷 証人がもしおあげになるとすれば、どういうものを。二つ三つ……。
石川 さあ、私は自分のものをあまり読みませんから、自分のものをあげるということはしません。考えていません。
丸谷 それでは、小説では『片しぐれ』『喜寿童女』『至福千年』、批評では『森鷗外』『文学大概』『夷斎筆談』というふうにいってもいいわけですね。
石川 よろしくどうぞ。
丸谷 これまで、文学賞を受賞なさったことはおありですか。
石川 昔、芥川賞というものをね、あれはだれでももらうものですから。
丸谷 私ももらいました。
石川 ……。

【富樫注】『狂風記』は、この時点でまだ連載中で、単行本化されていない。

このような珍妙なやりとりのあと、「森鷗外研究者」でもある石川が、森鷗外をどう評価しているか、どこがすごいかの「鷗外論」に移り、その鷗外を永井荷風が非常に尊敬していたとの論法になり、今度はその荷風が亡くなったときに、石川が随筆『敗荷落日』を書いている話となって、ここから「荷風論」となり、荷風のものの見方や文体などの解説がつづき、いよいよ核心――『四畳半襖の下張』に移るのだ。
その展開は、あまりに見事で、下手な戯曲もかなわない。丸谷才一の誘導尋問ともいうべき“台本”には、頭が下がる。

そして石川は『四畳半』の掲載について「いいものが出たな」と感じたが、ただし、「文学作品として見るだけのものではない」と断じる。

丸谷 文学作品として見るだけのものではないということになりますと、そうしますと、これはどういうものでしょうか。
石川 記録ですね。記録といっただけじゃおわかりになりにくいだろうと思いますが、記録として読んでいます。
丸谷 記録といいますと、普通、たとえばチャーチルの『第二次大戦回顧録』が記録である。そして同じ第二次世界大戦という材料を使っても、それはノーマン・メイラーが『裸者と死者』という小説を書けば、これは記録ではない。(略)この『四畳半襖の下張』には、想像力というものが確かにはいっていると思いますが。


そしてこのあと、石川は、記録と文学のちがいについて、『四畳半』のなかの一語「わらひ」に注目し、それが『古事記』から来ていると言い出し、えんえんと、本書でいうと足かけ「6頁」にわたって、丸谷にことばを挟ませず、休みなしで『古事記』論を展開するのである。いったい、何の裁判をやっているのか、不思議な状況が繰り広げられる。
ここは、本書の白眉のひとつであり、圧倒的迫力で読ませる。この間、呆気にとられる(あるいは、呆れかえっている)検察官や裁判官の表情が、目に浮かぶようである。

たまたま石川淳の証言部分を紹介したが、ほかの証言者も、“儀式”を演じる制約のなかで、迫力満点の文学論を展開する。もちろん、基本的に被告を弁護する立場なのだが、時折、危なっかしいというか、あんた誰の味方なのよと言いたくなる証人もいて、そこがまた面白い。

この間、検察側はほとんど反論をしない。証人も出さない。ひたすら作家たちの文学論がえんえんとつづくが、なにしろ“儀式”だから、結論は決まっている。第一審は有罪。
弁護側はもちろん控訴する。しかし第二審も有罪。だって“儀式”だから。
弁護側は最高裁へ上告するが、もちろん棄却。“儀式”だから。
野坂昭如は罰金10万円、発行人は15万円。

いったい、この騒動は何だったのか。
金井美恵子証人の、このひとことが、すべてを語っている。

三宅陽弁護人 で、この『四畳半襖の下張』について、今の青年層にとって特に刺激的な面があるとお考えでしょうか。
金井美恵子証人 ないと思いますね。読めないんだから。読めないものに刺激を受けるわけがないんで。

〈敬称略〉


【書誌情報】
本書は、正確にいうと、今回で3回目の単行本化です。
①『四畳半襖の下張 裁判・全記録』上下 丸谷才一編(1976年、朝日新聞社)……裁判のすべての証言や記録を収録。
②『作家の証言 四畳半襖の下張裁判』丸谷才一編 (1979年、朝日選書)……上記①から、作家の証言部分のみを抜き出した。
③『作家の証言 四畳半襖の下張裁判 完全版』丸谷才一編 (2023年、中央公論新社)【本書】……上記②に、『四畳半』原文と、栗原裕一郎氏の解説を加えた。それ以外は②とおなじ(判決文や裁判日程記録なども収録)。

※現在、『四畳半襖の下張』原文は、ネット上などで容易に読めます。よって、①②を読んだ方は、無理に③を手に取るまでもないと思われます。もちろん、初めてこの裁判を知る方には、③が最適です。なお、上記のほかに「面白半分」が増刊などで、何度か裁判記録集を出していました。

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