2023.03.09 (Thu)
第387回 究極のシネマ・コンサートだった『ブレードランナーLIVE』

▲『ブレードランナーLIVE』(3月5日、Bunkamuraオーチャードホールにて)
しばしば書いているのだが、シネマ・コンサート(オーケストラによるナマ演奏)であまり満足できた経験がない。
理由は2点で、
①いくらオーケストラがナマ演奏しても、映画館特有の地響きのような大音響にはかなうべくもなく、かえってショボい印象になってしまう(『2001年宇宙の旅』など、前半で帰ってしまった)。
②会場が映画館でなく、(東京国際フォーラムのような)巨大多目的ホールが多い。すると、小さなスクリーンがステージ奥にかかっており、よほど前方席でないと「遠くに何か映っているな……」と、これまたショボいことになってしまう。
というわけで、どうもシネマ・コンサートには、いい印象がなかった。
(ただ一回だけ、佐渡裕指揮の『ウエスト・サイド物語』は、サントラの「声」が主役なので、当然ながらスピーカー越しにガンガン響いてきて、これは感動的だった)
しかしシンセサイザーなどの「電子音」中心の映画音楽だったら、PAでパワーアップされた音響のはずだから、きっと見ごたえ(聴きごたえ)があるのでは……と前から思っていた。それに、ついにめぐり会えた。しかも、素晴らしい内容だった!
『ブレードランナーLIVE』である(3月5日、Bunkamuraオーチャードホールにて)。
これは、映画『ブレードランナー』ファイナルカット版(1982/2007年)の上映にあわせて、ステージ上のアンサンブルが、ヴァンゲリス(1943~2022)のサントラ音楽をナマ演奏するものである。
それがいかにスゴイことか。この音楽の大半は、ヴァンゲリス自身が映像を観ながら、その場でシンセサイザーを即興演奏して収録されたといわれている。だから、スコアもないし、即興だから、いい意味でフワフワした、“その場かぎり”のようなイメージの音楽が多いのである(それが、この映画全体に不思議な魅力を与えているわけだが)。
パンフ解説や事前プロモによると、この公演はイギリスで制作されたプロジェクトのようだが、スタッフは、映画サントラの音を1年がかりで聴きとってスコアに再現したという。
しかし、いくらスコアに書きとることができたとしても、“フワフワ音楽”を、映画本編通り、映像にあわせてナマ演奏することは、容易ではない。それこそ0.5秒ずれただけで、映像と音楽のシンクロは失敗してしまう。
以前、上記、『ウエスト・サイド物語』を指揮した佐渡裕さんにインタビューしたら、「まさに職人仕事です。イヤフォンのカウントや指揮台横のモニターを確認しながら、オケに的確に指示を出す。一瞬のズレも許されません」とのことだった。
今回の場合、それが、即興の“フワフワ音楽”なのだから、再現演奏もたいへんなことだったと察する。アンサンブルは、シンセサイザー3台を含む11人編成で、《愛のテーマ》などは、原曲通りサクソフォンが、ほかに中東風の不思議なヴォーカルも、ちゃんと「女声」で再現されていた。
1993年に、映画音楽作曲家の佐藤勝さん(1928~1999)のオーケストラ・コンサートがあった。そのとき佐藤さんにうかがったのだが「映画音楽は、最終的に映画館のスピーカーから流れたときにガーン!と聴こえるよう、特定の楽器だけを増幅したり、いろいろいじるんですよ。だけど、ナマの演奏会では、そういうわけにいかないから、最初からサントラっぽく聴こえるよう、スコアを作り直さなくちゃならない。これが大変なんだ」とおっしゃっていた。
『ブレードランナー』サントラの使用楽器や機材は、ヴァンゲリスの「ネモ・スタジオ」による解説サイトに詳細が載っているが、これによれば、大量の電子機器類に加えて、ティンパニやグロッケンシュピール、琴など、多くのアナログ楽器もあとからミックスされているようだ。それを「11人」がナマ演奏で再現するのだから、”作り直し”も大作業だったのではないだろうか。

▲(左)1994年の正式サントラCD、(右)Edgar Rothermichによる完全コピー再現CD
『ブレードランナー』のサントラ音盤は、不思議な経過をたどってきた。
これに関しては、あたしなどよりも、ずっと詳しい先達がおられるので、詳細はそちらに譲るが、要するに、完全版サントラは、いまだに商品化されていないようなのである。
あたしも、この映画を1982年に最初に観たとき、(前年の『炎のランナー』とともに)その音楽の素晴らしさに衝撃を受けて、すぐにサントラ音盤を探したのだが、なぜかリリースされなかった。
その後、オーケストラが再現演奏した音盤が出たり、明らかな海賊盤が出たりと、しばらく混乱がつづいたが、ようやく1994年になって正式なサントラ音盤がリリースされた。ただ、これはセリフなども入った、一種の“再編集”盤で、収録曲は12曲だった(今回の『LIVE』では33曲がクレジットされている)。
やがて、2007年になると、25周年記念とかで、「3枚組」が出たのだが、これも1994年盤プラスアルファといった内容で、やはり完全版ではなかった(しかも3枚目は『ブレードランナー』とは無関係)。
ところが、2012年に、驚くべき音盤が出た。ドイツの電子音楽ミュージシャン、Edgar Rothermichなるひとが、15曲を(おそらく耳コピーで)再現したアルバムである。あたしは不勉強なのだが、このひとは、公式HPによれば、ドイツの電子音楽グループ「タンジェリン・ドリーム」の元メンバーと組んでいたアーティストだという。
このアルバムで驚いたのは、映画冒頭、製作会社「Ladd Company」のロゴ音楽(ジョン・ウィリアムズ作曲)から、キチンと再現されていることだった(今回の『LIVE』でも演奏された)。
歌唱曲にかんしては、さすがにオリジナルどおりは無理だったようだが、全体的によくぞここまで再現できたといいたくなる出来で、あたしなど、こればかり聴いていた時期がある。
このようなマニアックな音盤が出るほど、『ブレードランナー』の音楽は多くのひとたちの心をとらえてきたのだが、今回の『LIVE』で、音楽のヴァージョンがさらに増えたような気がした。できればこの『LIVE』のスコア演奏を音盤化していただけませんか。プロローグの強烈なティンパニ、エンドタイトルの疾走感など、明らかにサントラを上回っている。
先日も、映画ラスト、レイチェルを連れたデッカードがドアを閉める瞬間、次に流れる《エンドタイトル》のためにオーチャードホールの聴衆全員が身構えている空気が伝わってきた。これなども「ライヴ」ならではの体験だった(あたしは、ここは1982年オリジナル公開版が好きなんですが)。
すべての音はレベルアップされ、スピーカーからガンガン響いてくる。これなら、ナマ演奏で映画を鑑賞する意義も十二分にある。スクリーンの小ささはもう仕方ないとして(だからあたしは、ほぼ最前列の席にした)、これは「究極のシネマ・コンサート」だった。
ただひとつの心配は、オーチャードホールのような通常のコンサート会場で、1回かぎりの公演だったことだ。これで果たして、主催者側はペイできているのだろうか。これに懲りず、ぜひ次回につなげていただきたいと、切に願うものでありました。
〈一部敬称略〉
◇『ブレードランナーLIVE』公演HPは、こちら(『LIVE』予告映像あり)