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2023.03.19 (Sun)

第389回 ついに消費者法の専門家も指摘しはじめた、「ほとんどS席」の理不尽

帝国劇場
▲1階は端までS席の「帝国劇場」(帝劇HPより) ※本文参照

PRESIDENT Onlineに、看過できない記事が載った。
《日本特有の「名ばかりS席」を許してはいけない…消費者法の専門家がエンタメ業界の悪慣習に怒るワケ 日本人はもっと怒ったほうがいい》だ(3月7日17時配信。リンクは文末に)。
筆者は日本女子大学家政学部の細川幸一教授。消費者政策、消費者法が専門で、略歴には〈歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線を嗜む〉とある。
記事の要旨は、日本の劇場は、ほとんどがS席(最高額席)で、これはおかしいとの指摘である。

あたしは、この声を待っていた。しかも、こういうことの専門家がキチンと発信してくれて、喉のつかえが下りたような気分だ。
読者諸兄もご経験がおありだろう。「最高額のS席を買ったのに、なんで、こんな端っこの席なの?」……と。いったい、日本の舞台公演における、いいかげんな席種設定「ほとんどS(最高)席」状態は、どうにかならないのだろうか。

この記事で、細川教授はいくつかの実例をあげているが、特に同感を覚えたのが、帝国劇場の席種だ。

例えば、東京・日比谷の帝国劇場で行われた「KINGDOM」2月公演。席種はS席、A席、B席の3ランクあるが、席数の半数以上が最上級グレードのS席だ。価格はS席1万5000円、A席1万円、B席5000円で最大3倍の開きがある。


そして、座席表を掲げて(冒頭の図)、 

1826席中、S席の割合は61%ほどになる。(略)/帝劇はかなりの大劇場で、左右も広い。奮発してS席を購入し、いい席で音楽や演劇を楽しもうと期待しても、実際はA席と変わらないということもよくある。/例えば、2階5列目の一番端はS席であるが、6列目は中央でもA席になっている。5000円の差があるが、6列目中央のA席の方がはるかに見やすいだろう。S席を購入した客がかわいそうである。


あたしも、帝劇では、何度も似たような経験をしている。
とにかくあの劇場は、横に広く、しかも1階はフロアがフラットに近いので、S席を買っても、端や後方、ましてや2階の端だったりすると、たいへん見にくい(映画好きだったら、新宿武蔵野館のフロアがフラットで、前に大柄な客が来たらスクリーンがほとんど見えなくなった経験があるだろう。あれに近い)。舞台セットによっては、1階端だと見切れ(舞台が全部見えない)になることも多い。それでもほとんどはS席だ。

最近は、ネットで席を選べるのだから、そんな席を買わなければいいのに、と思われるかもしれない。しかし、実際には発売日にネット接続しても、まともな席は完売で、結局、S席は、端か後方しか残っていないことがほとんどである(歌舞伎や文楽は、特にそれが顕著)。

最近、芝居に行くと「前かがみになると、後方のお客様が見えにくくなるので、お控えください」とのアナウンスが流れる。あたしの知る限り、こんなことを言い出したのは、帝劇が最初だと思う。
しかし、そういう席を最高額で売っているのだから、文句を言いたくなるのは無理もない。

とにかく日本の劇場の席種設定は、あまりに雑すぎる。
先日も、Bunkamuraシアターコクーンで、宮沢りえ主演の『アンナ・カレーニナ』(Bunkamura主催)を観たが、この公演は、S席11,000円、A席9,000円の2種類しかなかった(ほかに、「特に見えづらい」コクーンシート5,500円がすこしある)。
たまたま、あたしの行ける日で、もっとも舞台に近い空席は2階LのA席しかなかったので、そこを買ったら、案の定、見切れ(舞台の下手半分近くが見えない)だった。

あの劇場に見切れ席があることはオープン時から知っていたので、それはいいのだが、だったら、A席の下のB席に設定するか、コクーンシートにするべきだ。ともにA席なのに、数席はなれたところではきちんと見えて、こちらは見切れ。これでおなじ金額とは、あんまりではないか。
見切れ席となったら、どうしたって身を乗り出しかねないのが、ひとの常だろう。
劇場側もそれをわかっていながら、しつこいほど「前かがみにならないで」とアナウンスをし、客席にまで入ってきて口頭で注意される。
見切れ席を、普通に見える席と同額で売っておいて、身を乗り出すなという。我々は、そこまで我慢して、高いカネを払って「見えない芝居」を観劇しなければならないのだろうか。

コクーンの場合、たしかにHPでも「2階A列は、手すりが視界を遮る場合がございます」などと、まるで、時々そういう事態が発生するかもしれないようなお断りを載せているが、「場合がございます」どころか、100%そういう席だとわかっているのだから、これは最初から別にしてほしい。お断りを載せればいいというものではないと思う。

たまたま帝劇やコクーンを例にあげたが、これは、ほかの劇場――歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場(特に小劇場の文楽!)、新国立劇場(特に中劇場の演劇!)なども同様である。

これに対し、細川教授は、記事中で、海外の劇場はいかに細かい席種に対応しているかをあげている(記事中には座席表図あり)。

ニューヨークやロンドンの劇場では日本に比べて席種の分け方が細やかな場合が多い。/例えば、ライオンキングのロングランで知られるロンドン・ライセウム劇場(Lyceum Theatre)の席種例を見てみよう。/価格帯は15に分かれている。ステージへの近遠だけでなく、左右、また視野なども考慮してかなり細かく席種が分類されていることが分かる。/(略)座席のレビューや口コミも重視される。「whichseats.com」(London Lyceum Theatre Seating Plan and Seat Reviews)は、観劇客が自分で購入した座席の見えやすさ、快適さ、足元の広さを評価しており、レビューされている。/ロンドン劇場のすべての座席について情報を収集して公開している。料金が変動するので、平均購入価格も表示される。「お金の値打ち」をシビアに考慮する欧米人にとって座席の良しあしは重要な「選択情報」なのだ。

(この座席レビューは一見の価値あり。日本にも似たような情報サイトはあるが、これほど本格的なレビューではない。whichseats.comのリンクは文末に)

あたしも、細川教授ほどではないが、ロンドンやニューヨークで、演劇やオペラ、ミュージカルなどを何度か観てきた。たしかにそのたびに、いったいどう選べばいいのか迷うほど細かい席種に、驚くばかりだった。
たとえば、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)の場合、1~5階席(事実上6フロア)あって、各フロア内が、さらに細かく設定されている。金額や席種は、演目や季節、マチネによって変動するが、おおむね、1階中央が$299~$385、最上階サイド(見切れ席が多い)が$45~$49である。その中を30種近くの席種に分け、約8倍の差を付けているのだ。

MET2.jpg
▲ある公演のMET座席表。各フロア内がさらに細かく分かれている。

いまでもあるのかどうか不明だが、あたしがMETによく行っていた30年ほど前には、最上階の奥に、見切れどころかステージが完全に見えない、穴倉のようなさらに安い席があり、譜面台が設置されていた。音大生やオペラ歌手の卵が、スコアを見ながら「音」を聴いて勉強するための席である。
こういうのを「文化」というのではないか。

もう一例をあげると、これはロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスにおけるバレエ公演の席種。
この細かさをご覧あれ!

ロイヤル・バレエ
▲ロイヤル・オペラ・ハウスのバレエ公演

欧米の歌劇場と日本の劇場を比べても意味がないといわれればそれまでだが、それでも、もう少し細かくして、せめて、「見やすい席」と「見にくい席」を同額で売ることは、やめてもらえないか。
細川教授の記事中にもあるが、劇団四季はたいへん細かく席種を分けているし、明治座3月の松平健公演のように、少し安い「見切れS席」「見切れA席」などを出しているところもある。
日本のオーケストラ定期会員の席種も、実に細かい。たとえばN響の、ある月のNHKホール定期では、一般券を9800円から2800円まで6種に設定している。25歳以下の場合は、さらにその半額だ。商業演劇とオケ定期を同列には論じられないが、参考にするべき事例だと思う。

今回の記事は、消費者法の専門家による寄稿だが、本来、こういう主張は、演劇評論家のような専門家から起こるべきだと思う。もしかしたら、すでに発言している方がいるのかもしれないが、少なくとも、PRESIDENT Onlineのような、膨大な数の読者がいるメディアでは、いままで見かけたことはなかった。招待席で見ている評論家諸氏は、そんなことは感じないのだろうが、舞台公演は評論家ではなく、われわれ一般消費者、特にゴーアーたち(goer=常連)が支えているのである。

日本人は、高いカネをはらって「見せてもらっているのだから」「役者さんも一所懸命なのだから」と遠慮しているひとが、多すぎる。
あたしたちは公演を買っている「消費者」なのである。しかもその金額は、大劇場の場合、数千円どころか、1万円を超えることがほとんどだ。
スーパーで買った生鮮食料品が傷んでいたら、当然、苦情をいうだろう。「我慢して強火で炒めて食べてください」といわれて「わかりました。スーパーさんもたいへんですよね」と引き下がる消費者がいるだろうか。
見えにくい席を最高額のS席で買わされて文句をいわないのは、上記とおなじだ。こういうのを消費者不在の商法というのではないか。
細川教授が述べているように、あたしたちは、もっと怒るべきではないか。


◇PRESIDENT Online《日本特有の「名ばかりS席」を許してはいけない…消費者法の専門家がエンタメ業界の悪慣習に怒るワケ 日本人はもっと怒ったほうがいい》は、こちら

◇ロンドンの劇場の席を徹底評価する「whichseats.com」は、こちら(これは、ノヴェッロ・シアターの席評価ページ)。


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