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2023.04.02 (Sun)

第393回 「どこが面白いのか、わからない」といえない雰囲気――中高年はアカデミー賞独占の映画『エブエブ』をどう観ればいいのか

エブエブ
▲映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

アカデミー賞を、作品賞以下7部門で独占した映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)。映画評もSNSも大絶賛で、大ヒット中だ。
だが、極めて少数ながら、一部の観客、特に中高年層からは「どこが面白いのか、わからない。だが、あまりに周囲が絶賛しており、口に出しにくい」との声が聞こえる。

40歳代後半・女性
「あまりに画面展開が早すぎて、よくわかりませんでした。別世界の話が同時進行して、家族が絆を取り戻す話であることはわかったのですが……。でも、終映後、まわりの若い人たちは”面白かった!”と興奮気味だし、なかには涙ぐんでいる娘さんもいて、ああ、自分だけが理解できなかったんだなと、あきらめて帰りました」


60歳代前半・男性
「上映開始から1時間弱で、シニアとおぼしきご夫婦が退席していきました。私は通路ぎわの席だったのですが、ご主人が”なにがなんだか、わからんな”とつぶやいているのが聞こえました。私はなんとか最後まで観ましたが、こういう映画がアカデミー賞を取るのかと思うと、もう、自分の時代ではないことを痛感しました」


実はこの映画は、「マルチバース」なる世界観が根底にあり、それを理解していないと、上記のように「なにがなんだか、わからない」ことになるようなのだ。

SFに詳しい編集者
「マルチバースとは意外と古い理論で、もととなる考え方は、19世紀末にアメリカの哲学者、ウィリアム・ジェイムズによって生み出されました。日本では西田幾多郎なども影響を受けている泰斗です。要するに、この宇宙には、いま自分たちがいるバース(世界)のほかに、複数のバースが存在するとの考え方です。
たとえば、第2次世界大戦で連合軍が勝利し、日本側枢軸国は負けた——これは一種の正史です。しかし、そのほかに、日本が勝ったバース、ヒトラーが自殺せず生きているバース、ノルマンディ上陸作戦が失敗するバース……など複数のちがったバースが別次元に存在しているとの考え方、これがマルチバースです」


つまり、『エブエブ』のなかで、次々とヴィジュアルが変化し、人物たちが、突如、別人のような行動をとったり、別の人生を歩んでいる、ときには石になっていたり、指がソーセージになっていたりする――あれは別バースの同一人物なのである。しかも、どこかのバースでは、悪魔大王みたいな存在がいて、それがミシェル・ヨーの娘だった。彼女は、別バースで自分の娘と戦うことになる。まさに現実生活における母娘の相克が、そのまま再現されるわけで、ここがわからないと、映画全体も理解できなくなるのだ。

アメコミに詳しい編集者
「いま、アメリカでは、マルチバースは少なくとも映画ファンには、あたりまえの考え方です。特にマーベル・コミックの映画によって定着しました。一連のマーベル映画は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)あたりから、マルチバース的な世界観が導入されはじめました。
そしてついに『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)では、別バースのスパイダーマン3人が共演するまでになりました。この手法を使えば、複数のキャラが同時に描けますし、あらゆる物語を交錯させながら、恒久的なシリーズ化が可能になるわけです。
いま話題の『エブエブ』は、この世界観を踏襲しているばかりか、かなりパロディ化してからかっているような描き方もあり、その点が、単なる娯楽映画とは一線を画して、評価された理由だと思います」


しかし、アメリカでは当たり前の理論かもしれないが、あたしたち日本人——特に途中退席せざるをえなかったようなシニア層には、そう簡単なものとは思えない。

60歳代の文芸編集者
「そんなことはありませんよ。もともと日本人は、マルチバース的な物語が大好きなんです。江戸時代にベストセラーとなった『椿説弓張月』などは、伊豆大島に流罪になった源為朝が島を脱出し、南に流されて琉球王国を再建する、典型的な別バースの物語です。文楽・歌舞伎でおなじみの『義経千本櫻』も、源平合戦で死んだはずの平家の三武将が生きていて、流浪の旅をつづける義経一行に襲いかかる設定。これなどは、いわば3つのバースが次々に展開する物語です。そのほか、源義経がジンギスカンになったとか、キリストの墓が青森の戸来にあるとか、どれもマルチバースみたいなものじゃないですか」


50歳代の漫画編集者
「マルチバース的な設定を最初に漫画にしたのは、手塚治虫さんです。作品は、1951(昭和26)年から1年間連載された『アトム大使』。この宇宙には、私たちとまったく同じ人間が住む、もうひとつの地球(別バース)がある。ところが、そこが爆発してしまったので、住民が宇宙船団で新たな居住星を求め、こちらの地球へやってくる。いわばふたつのバースがひとつになるわけです。最初は仲良く暮らしていたが、人口が2倍になったため、食糧難となり、争いが発生。その調停役に、人間でも宇宙人でもないロボットのアトムが乗り出す物語でした。これがもとになって、翌年から、脇役を主人公に昇格させた『鉄腕アトム』がはじまったのです」


というわけで、どうやら、あたしたちの周囲には、むかしから「マルチバース」があふれていたようなのだ。
現に、実は本稿のコメントは、すべてあたしのコトバで、これも一種の「マルチバース」なのでした。

◇映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、こちら(予告編も目が回ります)。

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