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2023.04.05 (Wed)

第394回 坂本龍一が遺していた、「大島渚賞」への辛辣なメッセージ

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▲坂本龍一(3月28日没、行年71)
 【写真:Wikimedia Commonsより】


坂本龍一が亡くなった。
映画『ラストエンペラー』(1987)の音楽で、米アカデミー賞作曲賞のほか、英アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞などを独占。坂本龍一は、“世界のサカモト”となった。
だが、この音楽は、三者合作だった。坂本龍一、デヴィッド・バーン、蘇聡(スー・ツォン)の3人で、曲を書き分けた。だから賞も、3人共同で受賞したのである。
できれば、単独作品『戦場のメリークリスマス』(1983)の、あの名曲群で受賞してほしかった。

1992年バルセロナ・オリンピック開会式の音楽、《El Mar Mediterrani》(地中海のテーマ)も、忘れられない。壮大で芸術性豊かな演出と相俟って、近年でもっとも印象に残る五輪開会式となった(聖火がアーチェリーで点火された)。なぜ、これがもっと話題にならないのか不思議なくらい、素晴らしい音楽だった。2021年の東京五輪など、足許にもおよばない。
ちなみに、この《El Mar Mediterrani》は、坂本龍一監修、鈴木行一編曲で吹奏楽版になっており、出版もされている(初演は、シエナ・ウインド・オーケストラと東京佼成ウインドオーケストラのジョイント・コンサートだった)。コンクール向きのオリジナル曲もいいが、こういう音楽も、ぜひ中高生に演奏してほしいと思う。

そんな坂本龍一だが、映画音楽のみならず、映画俳優までもこなし、たいへん映画に造詣が深いことでも知られている。ベルリン/ヴェネツィア国際映画祭で審査員をつとめたほか、2020年から新設された「大島渚賞」では、審査員長もつとめた。
これは「ぴあフィルム・フェスティバル」(PFF)の主催で、長年、PFF審査員として新しい才能を次々と発掘した大島渚の遺志を継ぐ賞である。
といっても、審査は、「審査員長」の坂本龍一と、「審査員」の黒沢清の2人だけなので、ほぼ「坂本個人賞」といってもいい。
第1回受賞者は、小田香監督。主な対象作品は『セノーテ』だが、このとき、坂本審査員長は、こんなコメントを発表している。

大島 渚という映画人は、常に国家や権力、あるいは歴史、国境というものに翻弄されてきた人々について描いてきた。あるいは常識というものに立ち向かってこられた。また大島さんは映画人でありながら思想家でもあったと思っています。
このすばらしい監督の名を冠した賞にふさわしい人はだれか。それは、いまの日本で考えると小田 香さんしかいないと思いました。(以下略)


この第1回のとき、坂本龍一は元気だった。
2020年3月、記念イベント(上映会)でのトークでは、ニューヨーク生活を語りながら、小田作品に出会えた喜びを、とても楽しそうに語っていた。なるほど、頭のいいひとは、こういう話し方をするのだな……との印象をおぼえた。
ところが、この3か月後、坂本は、直腸がんの手術を受けるのである。その後も、肺などの転移巣の手術が何度かおこなわれたらしい。
もしかしたら、この第1回大島渚賞が、手術前の元気な姿としては、ほぼ最後だったかもしれない。

翌2021年の第2回大島渚賞は、「該当者なし」だった。
坂本は授賞式や上映会イベントを欠席し、短いコメントのみを寄せた。

もし大島渚賞などという形で大島渚が権威になるのだったら、それこそ大島渚が最も嫌ったことだろう。
だから大島渚に迎合するのは絶対にだめなのだ。そうではなく大島渚を挑発し、批判し、越えていくことこそ最も大島渚賞にふさわしいと言えるのだ。
そのような映画にわたしたちは出会いたい。


そして2022年の第3回大島渚賞は、藤元明緒監督に贈賞された。主要対象作品は『海辺の彼女たち』。
坂本は、この年も欠席したが、審査には参加したようだ。
そして、ちょっとドキッとするような「メッセージ」を寄せた。

(略)ぼくたちが考える大島渚賞たる要件は2つです。一つは社会の不条理への問い、批判があること、そして二つ目は映画という制度に対する問題提起、批判、新しい視点があることです。
(略)
毎回候補にあがる作品の質が低いことに忸怩たる思いを抱えています。映画は社会を反映しているとすれば、最近の日本映画の大きな傾向として他者を傷つけることを極度に恐れることがあると感じます。それは社会への問題提起、批判、問いを萎縮させます。矛盾や不条理があっても明確に反対することができません。なぜなら反対の声を上げれば必然的に異なる意見をもつ他者とのぶつかり合いが起こるからです。これは僕が思う開放的で民主的な社会の在り方とは正反対です。恐らく大島監督も僕の意見に賛成してくれるでしょう。テレビ番組で「バカヤロ〜」と怒鳴っていた方ですから。


「毎回候補にあがる作品の質が低いことに忸怩たる思いを抱えています」……坂本は、実は、大島渚賞に失望していたようだ。
そして、とても重要なことを言っている。これは、特に映画にかぎった話ではなく、いまの世の中全般にいえることだ。スマホのLINEやSNS越しのコミュニケーションとなり、直接の対話がなくなった。そのため、率直な議論の機会は激減し、匿名性の高いSNSで、自分のいいたいことだけを言う、身勝手な投稿ばかりが増えるようになった。
最近の”飲食店テロ”動画投稿は、その延長線上にある行為のような気がする。

余談ながら最近の若い方はご存じないかもしれないが、大島渚は、深夜の討論番組「朝まで生テレビ!」の常連で、議論が盛り上がると興奮して、たしかによく「バカヤロー!」と怒鳴っていた。やがてそれがトレードマークのようになり、視聴者は「いつ、アレが出るか」と期待し、深夜番組にしては高視聴率を獲得したのである。

坂本の“メッセージ”は、こうつづく。

今回、残念ながら僕には大島渚賞にふさわしいと思える作品はありませんでしたが、幸いなことに黒沢清さんには一つの作品がありました。審査員団として意見を一致させるべきかどうか議論しましたが、審査員が異なる意見を持つことは自然ですし、審査員団と言っても二人だけですから、黒沢さんの意見に明確に反対するのでなければ異なる意見は受け入れるべきだと判断しました。このような審査のあり方があってもいいのではないでしょうか。
(略)
来年以降これこそ大島渚賞にふさわしいと思える作品に出会えることを大いに期待しております。


だが、「来年」(2023年3月15日の第4回)は、坂本にとって、もうなかったのである。
没日は3月28日だったという。
〈敬称略〉

※坂本龍一のコメントは、大島渚賞公式HP、およびニュースサイト「よろず~」より。

◇バルセロナ五輪開会式、坂本龍一作曲《El Mar Mediterrani》(地中海のテーマ)は、こちら(最後の方で本人の指揮姿あり)
◇吹奏楽版《El Mar Mediterrani》(地中海のテーマ)の楽譜は、こちら
◇大島渚賞公式HPは、こちら
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